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判例紹介:「掴線器」審決取消訴訟事件

17.04.06 判例

【判決日】平成29年2月28日
【事件番号】平成28年(行ケ)第10103号 審決取消請求事件(http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/560/086560_hanrei.pdf)
【キーワード】進歩性(相違点の判断),実施可能要件
【判決要旨】
第1.結論
原告の請求を棄却する。

第2.事案の概要
1.特許庁における手続の経緯等
脱退被告は,発明の名称を「掴線器」とする特許出願をし,設定の登録(特許第5465733号)を受けた。本件特許出願は,実用新案登録出願(実用新案登録第3163196号)の変更である。
原告は,本件特許について特許無効審判を請求し,無効2015-800093号事件として係属した。
特許庁は,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
原告は,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
本件特許に係る特許権は,被告訴訟引受人に移転され,特許登録原簿にその移転登録がされた。

2.特許請求の範囲の記載
【請求項1】
長レバーのリング部に引張力を負荷することで,テコを利用してケーブルを把持する構造の掴線器において,その長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°~45°に捻ったことを特徴とする掴線器。

3.本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,
①本件発明は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものではない,
②本件発明は,同法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものではない,
というものである。
(2)本件発明と引用発明との対比
ア 引用発明(米国特許1942625号公報)
ボディ12および腕15を有するフレーム11を備え,
前記ボディ12および前記腕15の接合部に隣接して顎16が形成され,
より短い腕20とより長い腕21が形成されたベルクランク18は,前記ボディ12に支点ピン22により枢着され,
前記より短い腕20は,ピン26上で枢動される顎25を受け,
前記より長い腕21は,ピン33に枢動できるように取り付けられるハンドル32を有し,
前記ハンドル32の柄を受けて導くためのガイド36を備えたブラケット35は,その外端部に隣接する前記腕15の側に形成され,
前記ハンドル32は,前記ピン33と前記ブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し,
前記ハンドル32の外の方に伸びている一端は目37を備えた,
ワイヤー把持具であって,
逆時計回り方向に前記ベルクランク18を回すために外の方に前記ハンドル32を引くことにより,枢着された前記顎25が,ワイヤー38に対して前記顎16の方へ移動するとすぐに,前記ワイヤー38は確実に握持され,
引っ張る負荷が前記目37に適用されるとき,前記ガイド36のその形状と配置にあわせて,前記ハンドル32の前記段差状の屈曲と枢着接続部の移動の円弧がよく調整されているので,引っ張る動作は常に前記ワイヤー38のほぼ軸方向とされ,把持面の位置またはそのあたりで,前記ワイヤー38が曲がったり捻れたりすることを防止し,かつ絶縁型の前記ワイヤー38への損傷や切断を生じないワイヤー把持具。
イ 一致点
長レバーのリング部に引張力を負荷することで,テコを利用してケーブルを把持する構造の掴線器において,その長レバーの後端にリング部を設けた掴線器。
ウ 相違点
本件発明は,「その長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°~45°に捻った」ものであるのに対し,引用発明は,「ハンドル32は,前記ピン33と前記ブラケット35との間に段差状に屈曲する部分を有し」ているが,「捻った」部分を有するものではない点。

4.取消事由
(1)本件発明の容易想到性判断の誤り(取消事由1)
(2)実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由2)

第3.当裁判所の判断
1.取消事由1(本件発明の容易想到性判断の誤り)について
(1)相違点に係る判断の誤りについて
ア 引用発明は,ワイヤーの把持面又はその辺りでの結びや捻れを防止し,かつ絶縁型のワイヤーへの損傷や切断を生じないワイヤー把持具を提供することを目的とし,かかる課題の解決手段として,ハンドル32が,ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し,ガイド36の形状と配置にあわせて,ハンドル32の上記屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されるようにした構成を採用し,これにより,引っ張る負荷が目37に適用されるとき,ハンドル32がワイヤーに接触せず移動して目37の位置がワイヤーに接近し,引っ張る動作は常にワイヤーのほぼ軸方向にあるから,ワイヤーが曲がったり,捻れたりしないという作用効果を奏するものである。
そうすると,引用発明は,本件発明の課題と共通する課題を,ハンドル32が,ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し,ガイド36の形状と配置にあわせて,ハンドル32の上記屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されるようにした構成を採用することにより,既に解決しているということができるから,上記構成に加えて,あるいは,上記構成に換えて,ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成する必要がない。
イ また,周知例等の記載によっても,掴線器において,長レバーの移動により,その後端に設けられたリング部がケーブルなど他の部材と干渉するのを避けるために,長レバーを「捻った」部分を有するように構成することが,もとの出願日前に,当業者に周知慣用の技術であったとは認められない。
ウ したがって,そもそも,掴線器において,長レバーの移動により,その後端に設けられたリング部がケーブルなど他の部材と干渉するのを避けるために,長レバーを「捻った」部分を有するように構成することが,もとの出願日前に,当業者に周知慣用の技術であったとは認められないし,引用発明において,上記構成を備えるようにする動機付けもない。
エ むしろ,引用発明の構成に加えて,ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成する場合には,引用発明では,目37がワイヤーに近接した位置となるように調整されているため,目37がワイヤーに接触するおそれがあり,目37がワイヤーに接触しないようにするには,目37とワイヤーとの距離を遠ざけるようにガイド36の形状と配置を変更することや,ハンドル32の段差状の屈曲と枢着接続部の移動の円弧の再調整をすることが必要になるから,引用発明において,その構成に加えて,ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成することには,阻害要因があるというべきである。
オ 以上によれば,引用発明において,周知例等に記載された事項に基づいて相違点に係る本件発明の構成を備えるようにすることが,容易に想到できたということはできない。
(2)小括
以上のとおり,本件審決における本件発明の容易想到性の判断に誤りはない。よって,取消事由1は,理由がない。

2.取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について
(1)実施可能要件に係る判断の誤り
ア 原告は,本件発明は,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°~45°に捻った」ことを発明特定事項として規定するものであるが,本件明細書には,「長レバーの平面」及び「ケーブルの平面」が何を指しているのか何ら記載されておらず,リング部を15°~45°に捻る基準が不明である旨主張する。
しかし,本件明細書の記載から,「長レバー及びケーブルの平面」とは,長レバーが回動する支軸に垂直な平面を意味するものと理解することができ,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°~45°に捻った」とは,長レバーの後端に設けたリング部を,長レバーが回動する支軸に垂直な平面に対して15°~45°に捻ったことを意味するものと理解することができる。
イ 原告は,本件明細書の図面からは,カムと三角レバーと長レバーの接続状態が不明瞭であり,各構成部品の形状を把握することはできない旨主張する。
しかし,図1(a)や図2(a)には,支点ピン,三角レバーのより短い腕において枢動されるようにカムを受けるピン,及び三角レバーのより長い腕において長レバーが枢動できるように取り付けられるピンが記載されているところ,これらの接続状態は,従来の掴線器において,長レバーのリング部を捻っただけのものであって,その他,部品数を増やしたり,捻る以外の形状の変更を行ったりしないものであると理解されることに照らせば,例えば引用例1に見られるような,従来の掴線器と同様の接続状態,すなわち,ボディと三角レバーとは支点ピンにより枢着され,三角レバーのより短い腕はピン上で枢動されるカムを受け,三角レバーのより長い腕はピンに枢動できるように取り付けられる長レバーを有するというように接続されるものであることを理解することができる。
ウ 原告は,単にリング部を捻っただけでは,長レバーのリング部に引張力を負荷した際にリング部がケーブル近傍を移動するものとはならず,リング部がケーブル中心に接近して移動するように長レバーの形状・リンク機構・ガイド機構を構成する必要があるところ,本件発明は,その特許請求の範囲において,ケーブルの線径及び長レバーの形状・リンク機構・ガイド機構についての構成が特定されておらず,本件明細書にも,これらについての記載はないから,本件発明の実施には,過度の試行錯誤を要する旨主張する。
しかし,長レバーの後端に設けたリング部を捻った構成とした場合に,長レバーのリング部に引張力を負荷した際にリング部がケーブル近傍を移動するようにするための,長レバーを案内するガイドの形状と配置や,長レバーを捻った湾曲と枢着接続部の移動の円弧の調整,ケーブルの太さによりリング部がケーブルに接触しないようにするための,リング部の形状と配置などは,ケーブルの線径,掴線器を構成する各部分の形状,大きさ,厚みなどに基づいて,当業者であれば,適宜決定することができる事項である。
エ 原告は,本件明細書には,リング部を15°~45°に捻ることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載はないから,本件発明の少なくとも一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるということはできない旨主張する。
しかし,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について実施可能要件を充足するか否かについては,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を製造し,使用することができる程度の記載があるか否かによるというべきであって,所期の作用効果を奏することを裏付ける記載の有無いかんにより実施可能要件の充足性が直ちに左右されるものではない。
オ そして,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°~45°に捻った」とは,本件明細書の記載から,長レバーの後端に設けたリング部を,長レバーが回動する支軸に垂直な平面に対して15°~45°に捻ったことを意味すると理解することができるから,当業者であれば,従来の掴線器の構成を踏まえて,本件発明の掴線器を製造し,使用することができる。
よって,当業者であれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願当時の技術常識に基づいて,本件発明を実施することが可能であったと認められる。
(2)小括
以上によれば,本件審決における実施可能要件に係る判断に誤りはない。よって,取消事由2は,理由がない。

3.結論
以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから,主文のとおり判決する。

以上