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判例紹介:「摩擦熱変色性筆記具」審決取消訴訟事件

17.06.19 判例

【判決日】平成29年3月21日判決言渡
【事件番号】平成28年(行ケ)第10186号 審決取消請求事件
(http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/616/086616_hanrei.pdf)
【キーワード】進歩性
【判例要旨】
【結論】
無効2014-800128号事件において特許庁がした審決(特許無効審決)を取り消す。
【事案の概要】
本件は、本件発明についての特許を無効とするとの審決に対する取り消し訴訟である。争点は、進歩性の判断である。
【本件発明の要旨】
【請求項1】
低温側変色点を-30℃~+10℃の範囲に,高温側変色点を36℃~65℃の範囲に有し,平均粒子径が0.5~5μmの範囲にある可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を水性媒体中に分散させた可逆熱変色性インキを充填し,前記高温側変色点以下の任意の温度における第1の状態から,摩擦体による摩擦熱により第2の状態に変位し,前記第2の状態からの温度降下により,第1の状態に互変的に変位する熱変色性筆跡を形成する特性を備えてなり,第1の状態が有色で第2の状態が無色の互変性を有し,前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料は発色状態又は消色状態を互変的に特定温度域で記憶保持する色彩記憶保持型であり,筆記時の前記インキの筆跡は室温(25℃)で第1の状態にあり,エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ,摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が筆記具の後部又は,キャップの頂部に装着されてなる摩擦熱変色性筆記具。
【本件審決の理由の要旨】
本件発明は,引用発明1及び引用発明2並びに引用例(引用例3)に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 本件発明1と引用発明1との一致点
可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を水性媒体中に分散させた可逆熱変色性インキを充填し,前記高温側変色点以下の任意の温度における第1の状態から,熱により第2の状態に変位し,前記第2の状態からの温度降下により,第1の状態に互変的に変位する熱変色性筆跡を形成する特性を備えてなり,第1の状態が有色で第2の状態が無色の互変性(判決注:「互換性」は,明白な誤記と思料される。)を有し,前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料は発色状態又は消色状態を互変的に特定温度域で記憶保持する色彩記憶保持型である熱変色性筆記具である点
イ 本件発明1と引用発明1との相違点
(ア) 相違点1
本件発明1が,可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(可逆熱変色性微小カプセル顔料)において,低温側変色点を-30℃~+10℃の範囲に,高温側変色点を36℃~65℃の範囲に有するものであるのに対し,引用発明1は,低温側変色点を5℃~25℃の範囲に,高温側変色点を27℃~45℃の範囲に有するものである点
(イ) 相違点2
本件発明1が,可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(可逆熱変色性微小カプセル顔料)において,平均粒子径が0.5~5μmの範囲にあるのに対し,引用発明1は,平均粒子径が1~3μmの範囲にある点
(ウ) 相違点3
本件発明1が,熱変色性筆記具における「熱」について,摩擦熱と特定しているのに対し,引用発明1は,特定していない点
(エ) 相違点4
本件発明1が,筆記時のインキの筆跡は,室温(25℃)で第1の状態にあり,と特定しているのに対し,引用発明1は,特定していない点
(オ) 相違点5
本件発明1が,エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ,摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が,筆記具の後部又はキャップの頂部に装着されてなるのに対し,引用発明1は,特定していない点
【裁判所の判断】
相違点5に係る容易想到性について
ア 本件審決は,当業者において,引用発明1に,筆記具という技術分野及び熱変色性筆跡を摩擦体の摩擦熱による加熱によって消色させる点において共通する引用発明2を組み合わせることは,容易に想到し得るものであり,摩擦体の材質としては,引用例2に記載されたエラストマー又はプラスチック発泡体を必要に応じて適宜選択することができ,その際,摩擦体を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着することは,引用例3,4,7及び8に記載された周知慣用の構造(筆記具の後部又はキャップに消しゴムを取り付けたもの:筆者追記)であるから,相違点5に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到し得たものである旨判断した。
イ 引用例1について
引用例1においては,「摩擦や擦過等による外力を負荷して加熱変色させる用途」(【0006】),「熱変色像の擦過や摩擦により加熱変色させる際」(【0022】)との記載があるにとどまり,摩擦熱を生じさせる具体的手段については,記載も示唆もされていない。
ウ 引用発明2について
引用例2(甲3)には,本件審決が認定したとおり,「手動摩擦による摩擦熱により熱変色性インキの筆跡10を消色させる摩擦具9を含む熱変色筆記材セット」(引用発明2)が記載されているものと認められる。
エ 引用発明1に引用発明2を組み合わせることについて
引用発明1は,前記2のとおり,低温側変色点以下の低温域における発色状態又は高温側変色点以上の高温域における消色状態を特定温度域で記憶保持できる色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料を水性媒体中に分散させた可逆熱変色性インキ組成物を充填したペン等の筆記具であり,同筆記具自体によって熱変色像の筆跡を紙など適宜の対象に形成することができる(引用例1【0004】~【0006】【0012】【図4】)。これに対し,引用発明2は,筆記具と上面に熱変色層が形成された支持体等から成る筆記材セットであり,前記ウのとおり,同様の色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料を,バインダーを含む媒体中に分散してインキ等の色材として適用し,紙やプラスチック等から成る支持体上面に熱変色層を形成させた上で,氷片や冷水等を充填して低温側変色点以下の温度にした冷熱ペンで上記熱変色層上に筆記することによって熱変色像の筆跡を形成するものである(引用例2【0005】【0010】~【0012】【0014】【0016】~【0020】【図1】)。引用発明2は,筆記具である冷熱ペンが,氷片や冷水等を充填して低温側変色点以下の温度にした特殊なものであり,インキや芯で筆跡を形成する通常の筆記具とは異なり,冷熱ペンのみでは熱変色像の筆跡を形成することができず,セットとされる支持体上面の熱変色層上を筆記することによって熱変色像の筆跡を形成するものである。
このように,引用発明1と引用発明2は,いずれも色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料を使用してはいるが,①引用発明1は,可逆熱変色性インキ組成物を充填したペン等の筆記具であり,それ自体によって熱変色像の筆跡を紙など適宜の対象に形成できるのに対し,②引用発明2は,筆記具と熱変色層が形成された支持体等から成る筆記材セットであり,筆記具である冷熱ペンが,氷片や冷水等を充填して低温側変色点以下の温度にした特殊なもので,インキや顔料を含んでおらず,通常の筆記具とは異なり,冷熱ペンのみでは熱変色像の筆跡を形成することができず,セットとされる支持体上面の熱変色層上を筆記することによって熱変色像の筆跡を形成するものであるから,筆跡を形成する対象も支持体上面の熱変色層に限られ,両発明は,その構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なるものといえる。したがって,当業者において引用発明1に引用発明2を組み合わせることを発想するとはおよそ考え難い。
オ 相違点5に係る本件発明1の構成の容易想到性について
(ア) 前記エのとおり,当業者が引用発明1にこれと構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なる引用発明2を組み合わせることを容易に想到し得たとは考え難く,よって,相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえない。
(イ) 仮に,当業者が引用発明1に引用発明2を組み合わせたとしても,前記ウのとおり,引用例2には,熱変色像を形成する熱変色体2及び冷熱ペン8とは別体のものとしての摩擦具9のみが開示されていることから,引用発明2の摩擦具9は,筆記具とは別体のものである。よって,当業者において両者を組み合わせても,引用発明1の筆記具と,これとは別体の,エラストマー又はプラスチック発泡体を用いた摩擦部を備えた摩擦具9(摩擦体)を共に提供する構成を想到するにとどまり,摩擦体を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着して筆記具と一体のものとして提供する相違点5に係る本件発明1の構成には至らない。
(ウ) そして,前記イのとおり,引用例1には,そもそも摩擦熱を生じさせる具体的手段について記載も示唆もされていない。また,前記ウのとおり,引用例2には,熱変色像を形成する熱変色体2及び冷熱ペン8とは別体のものとしての摩擦具9のみが開示されており,そのように別体のものとすることについての課題ないし摩擦具9を熱変色体2又は冷熱ペン8と一体のものとすることは,記載も示唆もされていない。
引用例3(甲9),甲第10,11号証,引用例4(甲12),甲第13,14,及び52号証には,筆記具の多機能性や携帯性等の観点から筆記具の後部又はキャップに消しゴムないし消し具を取り付けることが,引用例7(甲80)には,筆記具の後部又はキャップに装着された消しゴムに,幼児等が誤飲した場合の安全策を施すことが,引用例8(甲81)には,消しゴムや修正液等の消し具を筆記具のキャップに圧入固定するに当たって確実に固定する方法が,それぞれ記載されている。しかし,これらのいずれも,消しゴムなど単に筆跡を消去するものを筆記具の後部ないしキャップに装着することを記載したものにすぎない。他方,引用発明2の摩擦具9は,低温側変色点以下の低温域での発色状態又は高温側変色点以上の高温域における消色状態を特定温度域において記憶保持することができる色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料からなる可逆熱変色性インキ組成物によって形成された有色の筆跡を,摩擦熱により加熱して消色させるものであり,単に筆跡を消去するものとは性質が異なる。そして,引用例3,4,7,8,甲第10,11,13,14及び52号証のいずれにもそのような摩擦具に関する記載も示唆もない。よって,このような摩擦具につき,筆記具の後部ないしキャップに装着することが当業者に周知の構成であったということはできない。また,当業者において,摩擦具9の提供の手段として,引用例3,4,7,8,甲第10,11,13,14及び52号証に記載された,摩擦具9とは性質を異にする,単に筆跡を消去するものを筆記具の後部ないしキャップに装着する構成の適用を動機付けられることも考え難い。
(エ) 仮に,当業者において,摩擦具9を筆記具の後部ないしキャップに装着することを想到し得たとしても,前記エのとおり引用発明1に引用発明2を組み合わせて「エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ,摩擦熱により筆記時の有色のインキの筆跡を消色させる摩擦体」を筆記具と共に提供することを想到した上で,これを基準に摩擦体(摩擦具9)の提供の手段として摩擦体を筆記具自体又はキャップに装着することを想到し,相違点5に係る本件発明1の構成に至ることとなる。このように,引用発明1に基づき,2つの段階を経て相違点5に係る本件発明1の構成に至ることは,格別な努力を要するものといえ,当業者にとって容易であったということはできない。
(オ) したがって,相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえない。
以上によれば,当業者において相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到するということはできず,したがって,本件審決は,相違点5に係る本件発明1の構成の容易想到性を認めた点において誤りがある。
【ひとこと】
上記審決のように、特許庁では、技術分野や課題の共通性を根拠として主引用例(引用文献1)に副引用例(引用文献2,引用例3)を組み合わせて進歩性を否定することがよく行なわれているが、今回の判決では、引用例の組み合わせの可能性や論理付けに2つの段階が必要などにより進歩性が認められた。このような判決は、拒絶対応の実務において非常に役に立つものと思われる。
以上