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特許業務法人 アイテック国際特許事務所 ITEC International Patent Firm

新着情報

判例紹介:「トマト含有飲料」特許取消決定取消請求事件

18.07.10 判例

【判決日】平成29年6月8日判決言渡
【事件番号】平成28年(行ケ)第10147号 審決取消請求事件
(関連する権利番号等 無効2015-800008 号,特許第5189667 号)
【原告】カゴメ株式会社
【被告】株式会社伊藤園
【キーワード】サポート要件
【主文】
 特許庁が無効2015-800008号事件について平成28年5月19日にした審決を取り消す。
【事案の概要】
 本件は,特許に対する無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,①訂正要件適合性判断の当否,②実施可能要件適合性判断の当否,③サポート要件違反適合性判断の当否,及び,④公然実施による新規性喪失に関する認定判断の当否である。
【本件特許発明】
[請求項1](訂正後)
 糖度が9.4~10.0であり,糖酸比が19.0~30.0であり,グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が,0.36~0.42重量%であることを特徴とする,トマト含有飲料。
[請求項1](訂正前)
糖度が7.0~13.0であり、糖酸比が19.0~30.0であり、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が、0.25~0.60重量%であることを特徴とする、トマト含有飲料。
※請求項2~11は省略。
【裁判所の判断】
※以下、サポート要件違反の適合性判断についてのみ説明する。
(3) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載について
 前記1(1)に認定の本件明細書の記載によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,以下の内容が記載されているものと認められる。従来のJAS規格で指定されたトマトジュースは粘度が高くて飲み難く,低粘度化しトマトの酸味を隠ぺいすべく果汁や野菜汁を配合した飲料はトマト飲料として消費者への訴求力に欠け,のど越しが改善された低粘度トマトジュースもトマトの酸味が苦手な者にとって飲み易いものではないという問題があったところ(【0002】~【0004】【0006】【0007】),従来技術におけるこのような課題の存在にかんがみ,主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制された,新規なトマト含有飲料及びその製造方法,並びに,トマト含有飲料の酸味抑制方法を提供することを目的として(【0008】),特許請求の範囲の本件請求項1,8及び11に記載された糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲を含むトマト含有飲料及びその製造方法並びにトマト含有飲料の酸味抑制方法を見いだした(【0009】~【0011】,【0018】【0022】【0026】【0030】)。
 そして,この効果が奏される作用機構の詳細は,未だ明らかではないものの,糖度及び糖酸比を規定することにより,著しい高粘度化を抑制し得,しかも,糖酸比の調整により,トマト自身の甘みによってトマトの酸味が隠蔽され得るので,得られるトマト含有飲料の酸味が抑制され,トマト本来の甘みが際立ち,飲み易さが高められ,これらの作用が相まった結果,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも,トマトの酸味が抑制されたものになると推定される(【0041】)。また,グルタミン酸等含有量を規定することにより,トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて,トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となる(【0043】)。
 本件発明の糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲内にあるトマト含有飲料である実施例1~3が,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量のいずれか又は全てが本件発明の数値範囲内にはない比較例1及び2と比較して,本件発明の課題を解決することを示す風味評価試験は,①作成したトマト含有飲料の糖度及び酸度を測定した上で糖酸比を算出し,さらに,グルタミン酸等含有量及び粘度を測定し,②12人のパネラーが,各トマト含有飲料の風味を「酸味」「甘み」及び「濃厚」につき「非常に強い」「かなり強い」「やや強い」「感じない又はどちらでもない」「やや弱い」「かなり弱い」「非常に弱い」の7段階で評価し,③「酸味」「甘み」「濃厚」の各風味につき12人のパネラーの評点の平均値を算出し,④各風味ごとの平均値を,酸味についてはプラスマイナスを逆にした上で合計し,⑤合計値が2.5,3.2,3.9であった実施例1~3は良好な結果が出たと判定し,合計値が2.2,2.0であった比較例1及び2は良好な結果が出なかったと判定した(【0083】~【0090】,【表1】)。
(4) 発明の詳細な説明に記載された発明と特許請求の範囲に記載された発明との対比
ア 特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきことは,前記(1)で説示したとおりである。そして,前記(2)のとおり,本件発明は,特性値を表す三つの技術的な変数により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり,いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ,このような発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該変数が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である(知財高裁平成17年11月11日判決,平成17年(行ケ)第10042号(※知財高裁大合議判決、偏光フィルム事件),判例時報1911号48頁参照)。
イ そこで,本件明細書の記載が,本件発明1,8及び11との関係で,上記の点を充足することにより,明細書のサポート要件に適合するといえるか否かについて検討する。
(ア) 前記(3)で検討したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制された,新規なトマト含有飲料及びその製造方法,並びに,トマト含有飲料の酸味抑制方法を提供するための手段として,本件発明1,8及び11に記載された糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲,すなわち,糖度について「9.4~10.0」,糖酸比について「19.0~30.0」,及びグルタミン酸等含有量について「0.36~0.42重量%」とすることを採用したことが記載されている。そして,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された具体例というべき実施例1~3,比較例1及び2並びに参考例1~10(【0088】~【0090】,【表1】)には,各実施例,比較例及び参考例のトマト含有飲料のpH,Brix,酸度,糖酸比,酸度/総アミノ酸,粘度,総アミノ酸量,グルタミン酸量,アスパラギン酸量,及びクエン酸量という成分及び物性の全て又は一部を測定したこと,及び該トマト含有飲料の「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をしたことが記載されている。
(イ) 一般に,飲食品の風味には,甘味,酸味以外に,塩味,苦味,うま味,辛味,渋味,こく,香り等,様々な要素が関与し,粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼすといえる(甲3,4,62)から,飲食品の風味は,飲食品中における上記要素に影響を及ぼす様々な成分及び飲食品の物性によって左右されることが本件出願日当時の技術常識であるといえる。また,トマト含有飲料中には,様々な成分が含有されていることも本件出願日当時の技術常識であるといえる(甲25の193頁の表-5-196参照)から,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性も,本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常ということができる。したがって,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて,これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては,少なくとも,①「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。
  前記(3)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,糖度及び糖酸比を規定することにより,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも,トマトの酸味が抑制されたものになるが,この効果が奏される作用機構の詳細は未だ明らかではなく,グルタミン酸等含有量を規定することにより,トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて,トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となることが記載されているものの,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量のみであることは記載されていない。また,実施例に対して,比較例及び参考例が,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量以外の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されておらず,それらの各種成分や各種物性が,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるものではないことや,影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことが記載されているわけでもない。そうすると,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたとの風味を得るために,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り,他の成分及び物性の特定は要しないことを,当業者が理解できるとはいえず,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から,直ちに,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と,得られる効果というべき,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を,当業者が理解できるとはいえない。
(ウ) また,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験の方法は,前記(3)のとおりであるところ,評価の基準となる0点である「感じない又はどちらでもない」については,基準となるトマトジュースを示すことによって揃えるとしても,「甘み」,「酸味」又は「濃厚」という風味を1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通にするなどの手順が踏まれたことや,各パネラーの個別の評点が記載されていない。したがって,少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや,大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性が否定できず,各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。また,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」は異なる風味であるから,各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるためには何らかの評価基準が示される必要があるものと考えられるところ,そのような手順が踏まれたことも記載されていない。そうすると,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて,各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価する,前記(3)の風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる。
  以上述べたところからすると,この風味の評価試験からでは,実施例1~3のトマト含有飲料が,実際に,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られたことを当業者が理解できるとはいえない。
(エ) なお,糖度とグルタミン酸等含有量を,本件明細書の発明の詳細な説明【0090】【表1】に記載されている実施例1と同じく,「9.4」,「0.42」とした上,糖酸比を本件特許請求の範囲の下限値である「19.0」とした場合,酸度は「約0.49」となるから,酸味の評価が実施例1(酸度は約0.34)よりも下がる可能性が高い。仮に酸味の評価が「-0.6」となれば,甘み「0.8」,濃厚「1.0」(実施例1の評価)であるので,合計の評点は「2.4」となり,酸味の評価が「-0.5」となれば,合計の評点は「2.3」となり,酸味の評価が「-0.4」となれば,合計の評点は「2.2」となるところ,これらが総合評価において本件発明の効果を有するとされるものかどうかは明らかでない(本件明細書の発明の詳細な説明【0090】【表1】に記載されている参考例1は「2.4」でも総合評価で「×」とされている。)。
(オ) したがって,本件出願日当時の技術常識を考慮しても,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量が本件発明の数値範囲にあることにより,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られることが裏付けられていることを当業者が理解できるとはいえないから,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,8及び11の記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない。
【ひとこと】
 パラメータ特許に係る発明は、通常、複数のパラメータの数値限定を含む。それらのパラメータの数値を変化させて各パラメータと作用効果との関連を調べるにあたっては、少なくとも、①作用効果に影響を与えるパラメータが他にないか、他にもあるがそれらの条件を揃える必要がないことを技術的に説明しておく、あるいは、②作用効果に影響を与えるパラメータが他にも存在するがそれらの条件を一定にした上で調べるようにする、ことが必要と思われる。
以上