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判例紹介:「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物」審決取消請求事件

18.10.22 判例

【判決日】平成30年9月19日判決言渡
【事件番号】平成29年(行ケ)第10171号 審決取消請求事件(http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/990/087990_hanrei.pdf)
【キーワード】進歩性、出願当時の技術常識又は周知技術
【ポイント】出願当時の技術常識又は周知技術の適用について
【ひとこと】「水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得る」との周知技術から、極めて具体的な「炭酸ランタンのリン酸結合性」が導かれるとの結論は、周知技術の適用が広すぎると思われ、進歩性否定の方向性を示していることが懸念点である。
【判例要旨】
1.結論
 特許庁が無効2016-800111号事件について平成29年8月7日にした審決を取り消す。
2.事案の概要
(1)本件は,特許無効審判の請求は成り立たないとの審決に対する取消訴訟である。争点は、進歩性における出願当時の技術常識又は周知技術の判断の適否である。
(2)特許庁における手続の経緯
 カナダ国法人であるアノーメッド インコーポレイティドは,平成8年3月19日(優先日平成7年3月25日)を国際出願日とする特許出願(特願平8-529040号)をし,平成13年8月24日,特許権の設定登録を受けた(特許番号第3224544号)。その後,アノーメッド コーポレーションは,合併による一般承継により,本件特許権の譲渡を受け,その旨の移転登録を受けた。
 原告は,平成28年9月15日,本件特許について特許無効審判を請求し、特許庁は,上記請求を無効2016-800111号事件として審理を行い,平成29年8月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
 原告は,平成29年9月8日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
(3)特許請求の範囲の記載(請求項2~6、8は省略)
【請求項1】
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La₂(CO₃)₃・xH₂O
{式中,xは,3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。
【請求項7】
以下のステップ:
(i)酸化ランタンを塩酸と反応させて,塩化ランタンを得て;
(ⅱ)こうして得られた塩化ランタンの溶液と炭酸アルカリ金属を反応させて,炭酸ランタン8水塩の湿ケーキを作り;
(ⅲ)3~6分子の結晶水をもつ炭酸ランタンを得るために,上記炭酸ランタン8水塩の湿ケーキを制御して乾燥させ,そして
(ⅳ)ステップ(ⅲ)で得られた炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合する,を含む,請求項1~3のいずれか1項に記載の炭酸ランタンを含む医薬組成物の製法。
3 審決の理由の要点
 審決の要旨は,原告主張の無効理由1(サポート要件),無効理由2(実施可能要件)について,いずれも理由がないとし、無効理由3(進歩性)について、刊行物である甲1(特開昭62-145024号公報)に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。本件発明1と甲1発明の相違点は,以下のとおりである。
・ 甲1発明
「高リン血症を治療又は予防するためのリン酸イオンの固定化剤であって,炭酸ランタン1水和物を含むもの」
(相違点)
本件発明1では,La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ Oにより表される炭酸ランタンについて,xが3~6の値を持つことが特定されているのに対し,甲1発明ではxが1である点。
 以下、この相違点に関する部分について主として説明する。
4.原告の主な主張
 医薬製剤の分野において,薬剤に存在する水和水の数の違いが,薬剤の溶解度,溶解速度,安定性及び生物学的利用率に影響を及ぼす可能性があり,薬効の一部を変更できる可能性があることから,ある薬剤に水和物が存在する場合,その水和水の数の異なる薬剤の調製を検討し,最適な水和形態のものを探索することは,本件出願の優先日当時,技術常
識又は周知技術であった(甲9,39ないし43,53)。
 また,本件出願の優先日当時,乾燥温度を調節することなどにより,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物を得る調製方法は広く知られていた(甲8,15,44)。
 前記技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1発明に存在する炭酸ランタン1水和物について,その水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を検討する動機付けがあるから,このような調製により水和水の数が3ないし6の範囲の炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものである。
5.被告の反論
①甲1には,水和水の数の違いにより,リン酸イオン除去率に違いが生じることについての記載も示唆もない。また,甲1に接した当業者は,ランタンイオンがリン吸収剤としての効果を示す本質的部分と考えるから水和水の数を変更することに着目することはない。
②甲1は,セリウムに焦点を置いて説明しており,セリウム以外の希土類元素については,実施例10ないし14で1例ずつ記載されているにすぎない。また、ランタン以外の稀土類元素の方がリン酸イオンの除去率が高いため、甲1に接した当業者は,水和水の数を変更することよりは,他の希土類元素についてリン酸イオン除去率を調べるはずである。
③甲1には,炭酸ランタン1水和物を用いた実施例には問題となる点が何ら記載されているため、炭酸ランタン1水和物で充分と考え,炭酸ランタン1水和物における水和水の数を変更しようなどとは考えなかったはずである。
④また,原告の主張のように本件出願の優先日前に,炭酸ランタン1水和物及び同8水和物等の存在が公知であったとすれば,甲1で炭酸ランタン1水和物を用いたということは,甲1は,炭酸ランタン水和物の中から1水和物を選択したことを示すものといえるから,甲1の実施例11を見た当業者は,炭酸ランタン1水和物を改善しようとして水和水の数の異なる他の水和物を選択する動機付けはない。
 本件出願の優先日当時,炭酸ランタン水和物の水和水の数を変更すると,リン酸(塩)結合能力に影響が出るであろうことを示唆する技術常識又は周知技術は存在しなかった。また,炭酸ランタン水和物は,水又は有機溶媒にほとんど溶解しないことから(甲51),溶解特性の面から水和水の数の違いについて検討する動機付けはない。
さらに,炭酸ランタン水和物は,胃腸管内で作用して,リン酸を吸着して体外に排出されるものであり,生体内にほとんど吸収されないことから,生物学的利用率の向上の面からも,水和水の数の違いについて検討する動機付けはない。
6.裁判所の判断の要旨
(1)本件明細書の記載事項等について
 評価方法について、水溶液のpHを3に調整し、La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ Oを添加して,リン酸塩を2倍のモル数で過剰のランタンを得て,そして室温で撹拌した。サンプリングを,0.5~10分間の時間間隔において実施し,そしてリン酸塩のパーセンテージを測定した。
炭酸ランタン1水和物では、90%の除去が120分後に示されている日本国公開特許出願番号第62-145024号(甲1)において示された結果と同じであった。
 そして、5分の時点でのリン酸塩除去率が,炭酸ランタン8.8水和物が70.5%,1.3水和物が39.9%,4.4水和物が96.5%,2.2水和物が76.3%,4水和物及び3.8水和物が100%であった。
(2)甲1の開示事項について
 評価方法について、実施例1~9ではシュウ酸第一セリウム10水塩を,リン酸イオンに添加し,溶液のpHを7に保ちながら,室温で2時間攪拌し、リン酸イオン濃度を測定した。
 炭酸第一セリウム9水塩では、リン酸イオンの除去率は98%、クエン酸第一セリウム3.5水塩では92%、マロン酸第一セリウム6水塩では100%、炭酸イットリウム3水塩では85%、炭酸ランタン1水塩では90%、シュウ酸ネオジム10水塩では97%、シュウ酸ガドリニウム10水塩では92%、シュウ酸サマリウム10水塩では91%であった。
(3)本件出願の優先日当時の技術常識及び周知技術について
 各文献の記載事項について
 甲9(「溶媒和物,非晶質固体と医薬品製剤」粉体工学会誌22巻2号・昭和60年発行)には,「水和物として存在する医薬品を製剤化する場合,通常の場合と同様,その物理化学的特性の違いを的確に把握しておく必要がある」「経口剤の生物学的利用率には溶解度,溶解速度が大きな影響を与える。Shefterらは水和物の溶解速度は理論的に結晶水の数の増加と共に減少することを述べているが,それ以外に濡れ易さ,凝集性,表面積など粉体としての物理的性質の影響が大きい場合もあり,エリスロマイシン2水和物は1水和物及び無水和物よりも高い溶解度を示す。テトラサイクリンでは3水和物よりも2水和物の方が高い生物学的利用率を示した。」との記載がある。
「結晶水は製剤自体の物性にも大きな影響を与える場合が多い。筆者らの実験によると塩化ベルベリン4水和物と2水和物を含む錠剤の崩壊挙動を比較検討したところ,4水和物錠が比較的速やかに崩壊するのに対し,2水和物錠は著しく崩壊性が劣っていた。」との記載がある。
 甲15(「化学大辞典5,縮刷版」1963年11月15日第1刷発行)には,「たんさんランタン 炭酸-一,三,八水塩の3種類が知られており,ランタナイトは八水塩に相当する。製法 ランタン塩の水溶液にアルカリ金属の炭酸塩を加え,生じた沈殿を100°で乾燥すると一水塩が得られ,室温で乾燥すると八水塩が得られる。水酸化物の懸濁液に二酸化炭素を通ずると三水塩が得られる。」との記載がある。
 甲40(Pharmaceutical hydrates Thermochimica Acta 248 平成7年1月発行)には,「水分子の存在は,分子間相互作用および結晶障害に影響し,したがって自由エネルギー熱力学的活性,溶解度,溶解速度,安定性およびバイオアベイラビリティに影響を及ぼす。さらに,錠剤,粉砕,および製品性能などの機械的挙動を含む,多くの固体状態の特性が変更される。」との記載がある。
 甲53(「製剤学 改稿版」昭和57年発行)には,「結晶形,結晶状態:薬物の多くは結晶多形polymorphismをもつことが知られている。…このほかにも結晶の水和度が溶解に影響する。アンピシリンの無水物と三水和物は37℃の溶解度がそれぞれ10及び8mg/mlである。どちらを使った製剤であるかによって溶解速度,ひいては吸収性の違いが現われる。」との記載がある。
・水和物として存在する医薬に係る技術常識又は周知技術
 上記を総合すると,本件出願の優先日当時,①乾燥温度等の乾燥条件の調節により,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物を得ることができること,②水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することは,技術常識又は周知であったものと認められる。
(4)相違点の容易想到性の有無について
 甲1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として,「希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物からなることを特徴とするリン酸イオンの固定化剤」が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であった。本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。
 そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
 これと異なる本件審決の判断は,本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。
 これに対し被告は,①~④を主張する。しかしながら,リン酸の固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものであるところ,上記のとおり,水分子の数の違いが,薬物の溶解度及び溶解速度に影響を及ぼし得るのであるから,溶解度又は溶解速度の向上によりランタンイオンの溶存濃度を高め,ひいてはリン酸(リン酸イオン)の固定化反応の促進(リン酸結合能力)に影響を及ぼし得ることは自明である。
 次に,上記④の点については,仮に被告が主張するように炭酸ランタン水和物は水又は有機溶媒にほとんど溶解しないとしても,溶解度が低い水和物についても無水物や水和水の数が異なる化合物の調製の検討が行われている、例えば,甲9では,「水に極めて溶けにくい」エリスロマイシンについて,1水和物,2水和物及び無水物の比較検討をしており、甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。したがって,被告の上記主張は理由がない。
 以上によれば,原告主張の取消事由1-1及び1-2は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきである。

※ なお、判決では、顕著な効果について、本願は、甲1と同質の効果であるが、pHなどは適宜選択する範囲であり、当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである、と指摘し、この点からも進歩性が否定されています。被告(特許権者)は、一般的に、リン酸の反応において中性~アルカリ領域では容易に100%除去され易いとし、甲1では中性領域で且つ2時間後の除去率である一方、本願の実施例のpH=3で5分後の除去率が高いとの主張を行いましたが、認められませんでした。

以上