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判例紹介:「排水栓装置」審決取消請求事件

18.12.29 判例

【判決日】平成30年9月4日
【事件番号】平成29年(行ケ)第10189号 審決取消請求事件
http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/973/087973_hanrei.pdf
【キーワード】明確性,動機付け
【判決要旨】
1.結論
 原告の請求は理由がないから棄却する。
2.事案の概要
 原告は,発明の名称を「排水栓装置」とする本件特許の無効審判を請求し,これに対し,特許権者である被告は,訂正請求をした。特許庁は,「訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,その謄本を送達した。原告は,本件審決の取消を求める訴訟を提起した。
3.本件発明(下線は訂正箇所)
[請求項1] 水槽の底部に,円筒状陥没部を形成し,該円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口金具と接続管とで挟持取付けられて排水口部を形成し,該排水口部には,排水口金具を露出しないように覆うカバーが該円筒状陥没部内に設けられ,その円筒状陥没部内を上下動するカバーが,前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径であるとともに,前記円筒状陥没部に接触せず,止水時には,水槽の底部面に概ね面一とされ,該カバーの下面には,排水口金具とで密閉可能に止水するパッキンを挿通保持する軸部が設けられて排水栓を構成し,該排水栓の昇降でパッキンによる開閉がされることを特徴とする排水栓装置。
4.審決の理由の要旨
(1)本件発明は,甲1発明,甲3発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。本件特許は,発明の詳細な説明及び特許請求の範囲の記載に不備があるとはいえない。
(2)本件発明と甲1発明との一致点
 水槽の底部に,円筒状陥没部を形成し,該円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口器具と配管とで挟持取付けられて排水口部を形成し,該排水口部には,排水口器具を露出しないように覆うカバーが該円筒状陥没部内に設けられ,その円筒状陥没部内を上下動するカバーが,前記排水口器具のフランジ部とほぼ同径であり,該カバーの下面には,排水口器具とで密閉可能に止水するパッキンを挿通保持する軸部が設けられて排水栓を構成し,該排水栓の昇降でパッキンによる開閉がされる排水栓装置。
(3)本件発明と甲1発明との相違点
(相違点1)「排水口部を形成」する「排水口」器具が,本件発明では「排水口金具」であるのに対し,甲1発明では排水筒3であって金具か否か不明な点。
(相違点2)「円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口」器具「とで挟持取付けられて排水口部を形成」する配管は,本件発明では「接続管」であるのに対し,甲1発明ではオーバーフロー管23である点。
(相違点3)「円筒状陥没部内を上下動するカバー」が,本件発明では「円筒状陥没部に接触」しないのに対し,甲1発明ではそのようなものか否か不明な点。
(相違点4)「円筒状陥没部内を上下動するカバー」が「止水時には」,本件発明では「水槽の底部面に,概ね面一とされ」るのに対し,甲1発明ではそのようなものではなく,洗面ボウル1の底部面に対して没した位置とされる点。
(4)取消事由(取消事由3,4は省略)
(取消事由1)請求項1記載の「ほぼ同径」についての判断の誤り
(取消事由2)本件発明と甲1発明との相違点2についての判断の誤り
(取消事由5)無効理由1(特許法36条6項2号)についての判断の誤り
5.原告の主張
(1)取消事由1について
 「カバーが,前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」とは,①カバーの外径が排水口金具のフランジ部の外径よりやや小径の場合,②カバーの外径が前記フランジ部の外径と同径の場合,及び③カバーの外径が前記フランジ部の外径よりもやや大径の場合を含む。
 本件発明の作用効果は,「残水及び水垢の溜り易い排水口具の取付境目が隠れるよう」「排水口金具を露出しないよう覆うカバー」を設けて「排水口部内の汚れを覆い隠すことができ」ることであるところ,カバーの外径が前記フランジ部の外径よりもやや小径及び同径の場合(前記①及び②の場合)は,・・・残水及び水垢の溜り易い排水口具の取付境目が見えるため,排水口部内の汚れを覆い隠すことができない。また,カバーの外径が前記フランジ部の外径よりやや大径(前記③の場合)であったとしても,当該傾斜面の傾斜角度が緩やかである場合には,排水口金具の取付境目に溜まった残水及び水垢等が見え,やはり本件発明(【0008】及び【0013】参照)の効果は得られない(参考図1②参照)。したがって,「カバーが,前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」という構成だけでは,本件発明の効果を奏するかどうかが不明で・・・ある。
 カバーの外径が排水口金具のフランジ部の外径よりもやや大径(前記③の場合)であったとしても,前記円筒状陥没部のR面を含む傾斜面の傾斜角度が急であれば,カバーが円筒状陥没部に接触するが,前記傾斜面の傾斜角度が緩やかであれば,カバーが円筒状陥没部に接触しない(別紙参考図2参照)。したがって,請求項において,前記円筒状陥没部のR面を含む傾斜面の形状や傾斜角度が特定されていない以上,カバーが円筒状陥没部に接触するか否かによって「ほぼ同径」の範囲を適宜設定することはできない。
 以上より,当業者は,本件特許を回避するために,カバーが円筒状陥没部に接触しない構成を阻害することがないように「ほぼ同径」の範囲を適宜設定すべきことが明確とはいえず,「ほぼ同径」という語は不明確である。
(2)取消事由2について
 甲1発明は,「洗面化粧台の洗面ボウル等に設ける排水栓の構造に関する」発明であり(【0001】),「栓体の水平方向のがたつきをなくして排水時に異音が生じないようにすることを課題と」し(【0004】),・・・から,甲1発明の課題及びその解決にとって,オーバーフロー管23は必須の構成ではない。
 以上より,甲1発明において,オーバーフロー管23を省略し,円筒状陥没部の底部に形成された貫通穴2の段部22が排水筒3の上端の顎部21と排水管14とで挟持取り付けられるように構成して相違点2に係る本件発明の構成に想到することは容易である。
(3)取消事由5について
 審決は,「『概ね面一』とは,本件特許の技術分野の平均的な技術水準を考慮すれば,カバーを水槽の底部面となるべく面一な状態にする,或いは,ほぼ面一な状態とするといった意味合いを有するものと捉えることができ,また,『概ね面一』とあるのは,段落【0013】の記載を参酌すれば,カバーへのつまづき防止を図ること等を意図した構成であることから,・・・特許請求の範囲の『カバーが』『水槽の底部面に概ね面一』という記載は明確である。」と説示する。
 しかし,「止水時において,水槽の底部面とカバーの頂部とがつまづくことを防止できる程度」というのは,排水口のために水槽の底部面に形成された円筒状陥没部のR面を含む傾斜面の形状や傾斜角度,カバー自体の形状でも異なるほか,当該傾斜面の形状や傾斜角度とカバーの形状の組合せによっても異なる。さらには,使用者の年齢や性別,体格等によっても異なる。
 カバー(特にカバーの頂部)と水槽の底部面の「概ね面一」が「つまづくことを防止できる程度」という趣旨であるとすれば,権利の及ぶ範囲が不明確であり,本件発明に接した第三者は不測の不利益を被る。
 したがって,本件発明は,明確性の要件(特許法36条6項2号)を満たしておらず,審決には取消事由がある。
6.当裁判所の判断
(1)取消事由1について
 本件発明の「カバー」は,「排水口金具を露出しないように覆う」ためのものであるところ(請求項1),同カバーがかかる機能を発揮するためには,その外径が,「排水口金具のフランジ部」の外径以上でなければならないことは自明であるといえる。
 そうすると,本件発明の「カバー」が,「前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」と特定することは,本件発明の「カバー」の外径を,当該「排水口金具のフランジ部」の外径との関係で,「排水口金具を露出しないように覆う」という機能を発揮し得る範囲内で極力小さな径に特定しようとしたものであると理解でき,その意味は明確であるといえる。
 カバーと排水口金具との大小関係のみを単純に比較して検討した場合には,カバーが排水口金具のフランジ部よりもやや大径であるにもかかわらず本件発明の効果を奏しないものが想定できるとしても,そのことから直ちに明確性要件に違反することとなるものではないから,原告の主張は採用できない。
(2)取消事由2について
 甲1発明を主引用発明として,相違点2に係る本件発明の構成に想到するためには,甲1発明において,①排水筒3(本件発明の「排水口金具」に相当)の上部に「オーバーフロー管23」を連結しないこととし,その上で,②排水筒3の下部から導出させた「排水管14」(本件発明の「接続管」に相当)を「オーバーフロー管23」が連結されていた位置に連結させなければならないことが容易に理解できる。
 上記②の動機付けに関しては,次のとおり,これを見出すことはできない。すなわち,「排水管14」について,甲1発明(図1参照)と従来技術(図3参照)のいずれも,排水筒3の下部から側方に導出させる構成を採用しているのであって,「排水管14」と「排水筒3(の上端の鍔部21)」とで「貫通穴2の段部22」を「挟持取付け」ることは記載も示唆もされていない。しかも,甲1発明の「排水栓部材6」は,排水口5の上端開口を開閉し得る栓体11と作動軸10とヘアーキャッチャー8とが主体で構成されるところ,甲1の図1を参照すると,「排水管14」を「オーバーフロー管23」が連結されている位置に連結させた場合,排水時の水の流れの向きに対して,排水管が「ヘアーキャッチャー8」の上流に配置され,ヘアーキャッチャーとしての機能を果たすことができないこととなる。
 以上のことから,甲1発明において,たとえ,排水筒3の上部に「オーバーフロー管23」を連結させないことを着想できたとしても,排水筒3の下部から導出させた「排水管14」を「オーバーフロー管23」が連結されていた位置に連結させようとする動機付けはないというべきである。そして,この判断は,本件発明の出願日において,オーバーフロー管のない洗面ボウルや,オーバーフロー口のある浴槽が周知であり,上端部に雌ねじ部を形成したいわゆるエルボー形状の屈曲管を用いたものが,浴槽のみならず,洗面ボウルにおける排水栓装置においても周知であったとしても,左右されない。
 以上によれば,原告が主張する取消事由2は理由がない。
(3)取消事由5について
 本件明細書の【0013】には,「カバーにつまづくことを防止するため,カバーの頂面60が水槽の底部1面と概ね面一になるよう円筒状陥没部10の縁とカバー6の縁との位置を略一致させることがよい。」との記載があるものの,【0008】には,「カバーが水槽の底部面と概ね面一にされ,排水口部を覆うことになって排水口部内の汚れを覆い隠すことができ,見栄え良くできる。」との記載もあり,かかる記載を根拠にすると,「概ね面一」とは,「排水口部を覆うことになって排水口部内の汚れを覆い隠すことができ,見栄え良くできる程度」と定義していると理解することも可能である。
 本件明細書には,「概ね面一」の意味するところを説明する確たる定義はないけれども,本件明細書の図1には,水槽の底部面とカバーの頂部(頂面60)とがほぼ同じ高さになる状態が示されており,この状態をもって「カバーが水槽の底部面に概ね面一」と理解することは自然である。そして,寸法誤差,設計誤差等により,水槽の底部面とカバーの頂部(頂面60)とが完全に同じ高さとならない場合が存することは技術常識であるといえるから,カバーと水槽の底部面との高さの差が,このような範囲にとどまるものを「概ね面一」と理解するなら,洗面化粧台,浴槽,流し台などあらゆる水槽について,「カバーが水槽の底部面に概ね面一」の意味内容を統一的に理解することができる。
 そうとすれば,「概ね面一」の語を用いているがゆえに特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえず,これに反する原告の主張は採用できない。
 以上によれば,原告が主張する取消事由5も理由がない。

以上