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判例紹介:「細胞分離方法」審決取消請求事件

19.05.15 判例

【判決日】平成30年10月29日判決言渡
【事件番号】平成29年(行ケ)第10191号 審決取消請求事件
【キーワード】明確性、サポート要件、実施可能要件
【判決要旨】
1.結論
 特許庁が不服2016-2103号事件について平成29年9月20日にした審決を取り消す。
2.事案の概要
 平成22年11月17日 特許出願(本願発明)
 平成27年11月 5日 拒絶査定
 平成28年 2月10日 拒絶査定不服審判請求、手続補正
 平成29年 2月 7日 拒絶理由通知
 平成29年 4月 1日 手続補正(本願補正発明)
 平成29年 9月20日 審決「本件審判の請求は、成り立たない。」
3.本願補正発明
【請求項1】(本願補正発明1)
 中間水の量が1wt%以上,且つ30wt%以下の水和性組成物を溶液に接触させ(中間水の量が30wt%以下の水和性組成物を塗布した細胞分離用フィルターで溶液を濾過して細胞を分離する形態を除く)て,当該水和性組成物の表面に溶液中の細胞に存在する腫瘍細胞,幹細胞,血管内皮細胞,神経細胞,樹状細胞,平滑筋細胞,繊維芽細胞,心筋細胞,骨格筋細胞,肝実質細胞,肝非実質細胞,および膵ラ島細胞の少なくても一種を吸着して溶液から分離することを特徴とする細胞分離方法。
4.審決の理由概要
 請求項の「中間水の量」という文言につき、当業者は、発明の詳細な説明及び図面の記載並びに出願時の技術常識から、「中間水の量」をどのように算出したらよいのか、理解できるとは認められない。
5.裁判所の判断(明確性要件の判断のみ抜粋)
(1)ア …本願補正発明1及び4は,いずれも「中間水の量が1wt%以上,且つ30wt%以下の水和性組成物」という文言を構成要件として含むものである。
 本願補正発明に係る特許請求の範囲請求項の記載中には,「中間水」又は「中間水の量」について,特に説明する記載はない。
 イ(ア) …本願明細書においては,「中間水」につき,次の記載があると認められる。
   a 「中間水」は,含水した水和性組成物の表面に存在する表面水層の構造中,組成物表面や不凍水(組成物表面との強い相互作用で拘束されることにより,少なくとも-100℃~室温の範囲では凍結/融解等の相変態を生じない水)との相互作用により拘束されて不凍水の外側の層を形成する水であり,凍結可能な水であって,昇温過程で0℃より低温で凍結する水であり,0℃で融解する水である自由水と区別される(【0017】,【0018】,【図3】,【図4】)。
   b 「中間水」が組成物表面や不凍水との間で有する相互作用の詳細は明らかでないが,種々の知見に基づくと,0℃以上においては「中間水」として含有される水分子が一定の自由度を持って流動することが可能である一方,少なくても-40℃付近以下の温度においては,組成物表面や不凍水との相互作用により規則化(コールドクリスタリゼーション)する傾向を強く有するものと推察される。
 そして,当該規則化する強い傾向の存在により,不規則な状態で凝固した状態からの加熱において,-40℃付近で規則化に伴う発熱を生じるとともに,-10℃近辺から0℃の範囲で再び不規則化して吸熱を生じるものと推察されている。(【0018】)
  (イ) …本願明細書においては,「中間水の量」につき,次の記載があると認められる。
   a 表面水層を構成する不凍水,中間水,自由水のそれぞれの量は,水和性組成物の種類に応じて変化することが知られている(【0019】,【図5】,【図6】)。
 不凍水,中間水,自由水の各含有量は,含有量の変化に伴うコールドクリスタリゼーションに伴う発熱ピークの挙動と,全含水量から求めることができる(【0019】,【図2】)。
   b(a) コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量は,規則化を生じている水の量に比例するものと推察され,この発熱量を測定することで水和性組成物の表面の状態が評価できるものと考えられる(【0014】)。
    (b) 不凍水,中間水,自由水の各含有量は,【図2】に示したような含有量の変化に伴うコールドクリスタリゼーションに伴う発熱ピークの挙動と,全含水量から求めることができる(【0019】,【図2】)。
    (c) 各Sample A~C 毎(Sample B については,各組成毎)に,各含水量におけるコールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と0℃付近の吸熱量の関係から,Sample A~C における不凍水と中間水の最大量を求めてW0(試料の乾燥重量)で除することにより,それぞれのSample における不凍水量と中間水量とした(【0038】)。
 ウ(ア) 甲1(A…)には,次の記載がある…
  (イ) 甲2(A外6名…)には,次の記載がある…
  (ウ) 甲3(A外2名…)には,次の記載がある…
  (エ) 甲4(並木祟・望月明…)には,次の記載がある…
  (オ) 甲5(A…)は,日本バイオマテリアル学会の学会誌である「バイオマテリアル-生体材料」誌に,平成21年度日本バイオマテリアル学会科学奨励賞受賞論文として掲載されているものである。日本バイオマテリアル学会は,選考委員会での厳選な審査,理事会での決定を得て,平成21年11月16日開催の日本バイオマテリアル学会総会において,A(以下「A」という。)の研究題目「水分子の構造制御による血液適合性発現機構の解明」に平成21年度日本バイオマテリアル学会科学奨励賞を授与した。日本バイオマテリアル学会は,平成21年の時点で,役員は,会長1名,副会長5名,理事28名であり,評議員は,229名,賛助会員は,46社であった。評議員の勤務先として記載されているのは,主に大学であるが,研究機関,病院,医療機器メーカー等も含まれる。また,賛助会員には,化学メーカー,医療機器メーカー,製薬会社などが含まれる。同学会は,昭和54年から平成21年まで,毎年学会大会又はシンポジウムを開催している。また,甲5は,本願の発明の詳細な説明【0007】において引用されている。(以上につき,甲13,24,25,28,29,弁論の全趣旨)。
 甲5には,次の記載がある。…
(2)ア(ア) 本願明細書には,前記(1)イのとおり,「中間水」は,含水した水和性組成物の表面に存在する表面水層の構造中,組成物表面や不凍水(組成物表面との強い相互作用で拘束されることにより,少なくとも-100℃~室温の範囲では凍結/融解等の相変態を生じない水)との相互作用により拘束されて不凍水の外側の層を形成する水である旨の記載がある。
  (イ) 証拠(甲1~3,5,13)及び弁論の全趣旨によると,前記(ア)の内容の「中間水」(外国語文献である甲2,3では,「freezing bound water」などと表記。)の概念は,本願の発明者であるAが構築したものであることが認められる。
 そして,前記(1)によると,Aは,本願出願日である平成22年11月17日以前に,前記の内容の「中間水」の概念を構築し,学術論文に記載し,平成21年には,当該「中間水」の概念をその内容に含む研究により,日本バイオマテリアル学会科学奨励賞を受賞したことが認められる。
  (ウ) 本願発明は,「溶液から細胞を分離する細胞分離方法,および,細胞分取用水和性組成物」に係るものであり,医療,生体材料等の分野における研究者,企業等が,その当業者に該当すると解されるところ,日本バイオマテリアル学会は,前記(1)ウ(オ)のとおり,大学,研究機関,病院,医療機器メーカー等の研究者により構成されており,賛助会員には,化学メーカー,医療機器メーカー,製薬会社等が含まれているのであって,その構成員は,本願発明における当業者に該当すると解される。
 そして,Aの「中間水」の概念をその内容に含む研究は,前記(イ)のとおり,平成21年に日本バイオマテリアル学会科学奨励賞を受賞したのであるから,当該研究内容は,日本バイオマテリアル学会の構成員や関係者には,平成21年の時点において,知られており,注目されていたと認められるのであって,本願明細書に記載された内容の「中間水」の概念は,本願出願時において,当業者の技術常識になっていたと認めることができるというべきである。
 イ(ア) 本願明細書には,前記(1)イのとおり,中間水について,少なくとも-40℃付近の温度において,規則化(コールドクリスタリゼーション)する傾向を強く有するものと推察されること,規則化する強い傾向の存在により,不規則な状態で凝固した状態からの加熱において,-40℃付近で規則化に伴う発熱がみられること,規則化に伴う発熱量は,規則化を生じている水の量,すなわち,中間水の量に比例するものと推察されることが記載されている。
  (イ) 前記(1)ウの甲1~5の記載によると,中間水の量(Wfb)は,次の式のとおり,低温結晶化した水におけるエンタルピー変化量(ΔHcc)と,水の融解熱(Cp)から得ることができることが理解される。
  Wfb=ΔHcc/Cp
 この式を変形すると,ΔHcc=Cp×Wfb となり,低温結晶化した水におけるエンタルピー変化量(ΔHcc),すなわち,コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量は,比例定数をCp として,中間水の量(Wfb)に比例するといえる。
 このことも,前記アと同様の理由により,日本バイオマテリアル学会の構成員や関係者には,平成21年の時点において,知られていたと認められるのであって,本願明細書に記載された内容の「中間水」の量の計算方法は,本願出願時において,当業者の技術常識になっていたと認められることができるというべきである。
 そして,Cp は,純水の融解熱と等しいと考えられ,純水の融解熱が334J / g であることも,前記ウの甲2及び甲4の記載並びに証拠(甲11)及び弁論の全趣旨によると,当業者の技術常識であったと認められる。
 したがって,当業者は,中間水の量の算出方法については,本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて明確に理解することができたというべきである。
(3)ア 被告は,本願明細書から,「コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量は,中間水の量に比例するものと推察される。」という認定aだけではなく,「中間水の量は,コールドクリスタリゼーションに伴う発熱ピークの挙動(コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量は含水量の増加に伴って増加するが,ある含水量以上では変化しなくなること)と,全含水量とから求めることができる。」という認定b及び「中間水の量は,各含水量におけるコールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と0℃付近の吸熱量の関係から中間水の最大量を求めてW0(試料の乾燥重量)で除することにより求められる。」という認定cも認定できるところ,これらの認定が共存するため,本願明細書から,当業者が中間水の量をどのように算出したらよいのか明確に理解することはできない旨主張する。
 認定bは,前記(1)イ(イ)b(b)の本願明細書の記載に基づくものであり,認定cは,前記(1)イ(イ)b(c)の本願明細書の記載に基づくものであるが,いずれも,中間水の量を求める方法についての具体的な内容の説明はされていない。
 一方,認定aは,前記(1)イ(イ)b(a)の本願明細書の記載に基づくものであるが,前記(2)イのとおり,上記記載を含む本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識から,中間水の量の算出方法を明確に理解することができる。
 そうすると,当業者は,本願明細書に前記(1)イ(イ)b(b)及び(c)の記載があるからといって,本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識から明確に理解できる中間水の算出方法を理解できなくなるというものではないというべきである。
 イ 被告は,当業者は,発明の詳細な説明の記載に基づき,中間水のコールドクリスタリゼーションは通常の水の凍結とは異なる相転移であると理解されるから,中間水のコールドクリスタリゼーションの単位潜熱(中間水の量を算出するための比例定数)は,通常の水の凍結の場合の単位凝固潜熱334J/gとは異なる値であると考えるのが自然である旨主張する。
 しかし,前記(2)イのとおり,比例定数(Cp)は,純水の融解熱に等しいと考えられている。本願明細書に記載されたPMEAのコールドクリスタリゼーションに伴う発熱量の最大値を中間水量で除した値が313J/gであるとしても,純水の融解熱が334J/gであることは,当業者の技術常識である以上,当業者は,313J/gの方が誤差を含む数値であると考えるのか通常であると解されるのであって,このことにより,当業者が,中間水のコールドクリスタリゼーションの単位潜熱(中間水の量を算出するための比例定数)が,純水の単位凝固潜熱334J/gとは異なる値であると考えるとはいい難い。
 ウ 被告は,甲1~5は,本願発明者やその共同研究者による文献であり,中間水の概念は,本願発明者らの研究グループが独自に提唱したもので,本願発明者らの研究グループ以外の当業者に,本願出願時までに広く知れ渡り,技術常識になっていたことを示す証拠はない旨主張する。
 「中間水」の概念が本願発明者であるAにより構築されたことは,前記(2)アのとおりであるが,前記(2)ア,イのとおり,「中間水」の概念及びその量の算出方法は当業者の技術常識となったことが認められる。
 エ 被告は,甲5は本願明細書で引用したものではなく,仮に当業者が甲5を本願明細書の記載から探し当てることができたとしても,その記載内容が実質的に発明の詳細な説明に記載されたに等しいものであるということはできない旨主張する。
 しかし,本願明細書の【0007】には【先行技術文献】として,「【非特許文献1】バイオマテリアル 28-1,2010」と記載されているから,当業者であれば,これは,バイオマテリアルという雑誌の28巻1号(出版年2010年)というものであると理解する。そして,甲5は,その雑誌のその号に掲載されている。
 しかも,上記の「非特許文献1」は,本願明細書の【0013】においても,「所定量の水を含水した水和性組成物を一旦十分に冷却し,その後に比較的ゆっくりした速度で加熱した場合に,0℃以下の特定の温度域において所定の発熱を生じると共に,-10℃近辺から0℃までの広い温度範囲において吸熱が観察されることが明らかにされている(例えば,非特許文献1等を参照)。」という形で引用されている。
 そうすると,当業者は,本願明細書の記載から,容易に甲5に行き着くものと考えられるから,甲5は本願の発明の詳細な説明【0007】で引用されたものであると認められる。
 そして,甲5が,「中間水」の概念及びその量の算出方法が当業者の技術常識となったことを裏付け得るものであることは,前記(2)ア,イのとおりである。
 オ 被告は,本願発明の「中間水の量が1wt%以上,且つ30wt%以下」がどの時点の中間水の量を意味するかについて,発明の詳細な説明に,発熱量が最大値になる含水量の場合と飽和含水になった時点での含水量の場合という,相異なる二通りの記載があるから,本願発明の技術的範囲が定まらない旨主張する。
 しかし,前記(2)イのとおり,当業者は,本願明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,中間水の量は,コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と水の融解熱から得ることができることが理解されるから,当業者が本願補正発明を実施するに当たり,水和性組成物について,発熱量が最大値の中間水の量と,飽和含水になった時点の中間水の量の二通りが記載されているとしても,水和性組成物の中間水の量は,含水量にかかわらず,コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と水の融解熱から一義的に決まるものであって,本願補正発明の技術的範囲が定まらないということはできない。
 カ 以上のとおりであって,被告の上記主張は,いずれも採用することができない。
(4) したがって,本件審決の明確性要件の有無の判断には誤りがある。
以上