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判例紹介:「イムノクロマトグラフィー試験デバイス」特許取消決定取消請求事件

19.05.15 判例

【判決日】平成30年11月6日
【事件番号】平成29年(ネ)第10117号 知財高裁 特許取消決定取消請求事件
(http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/110/088110_hanrei.pdf)
【キーワード】進歩性,引用発明の認定
【ひとこと】
・「刊行物に物の発明が記載されているといえるためには,刊行物の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,当業者がその物を作れることが必要である」と判示されました。これは、審査基準の記載とも整合します。
・ただし、判決文の内容から考えると、引用例1に記載された引用発明1を当業者が作れるかどうかという論点の前に、そもそも引用例1には引用発明1自体が記載されていないと判断されているようにも思います。具体的には、P1タンパク質抗原に対して特異的な第一,第二のモノクローナル抗体を結合させる(サンドイッチ複合体を形成する)点は、引用例1には記載がないと判断されているようにも思います。
・また、引用発明に関して実施可能要件を満たすことが必要かどうかという論点の判例は他にもあり、必要・不要のいずれの結論の判例もあるようです。技術分野や事件毎の個別の事情によっても、必要・不要の結論は変わる可能性があると思われます。
【判決要旨】
1.結論
 本件取消決定は,進歩性についての判断を行うに際し,引用発明の認定を誤った結果,第1の抗体及び第2の抗体としてモノクローナル抗体を用いる点と,患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエの検出を行う点についての相違点を看過し,なおかつ,これらの相違点に関する容易想到性の判断を全く行わないままに,進歩性欠如の結論を導いて(これを理由に)本件特許を取り消したものであるから,当該引用発明の認定の誤り及び相違点の看過は本件取消決定の結論に影響するものである。
 したがって,原告が主張する取消事由1は上記の限度で理由があるというべきであり,その余の取消事由につき検討するまでもなく,本件取消決定は取り消されるべきである。
2.事案の概要
 本件は,発明の名称を「マイコプラズマ・ニューモニエ検出用イムノクロマトグラフィー試験デバイスおよびキット」とする特許第5845033号について特許異議の申立てがあり,特許庁が特許を取り消す旨の決定をしたため,特許権者が同決定の取り消しを求めて提訴した事案である。
3.発明の内容
【請求項1】(下線は異議申立の審理中の訂正部分)
(A) (A-1) イムノクロマトグラフィー試験デバイス及び検出キットにおける抗体として,
(A-2) マイコプラズマ・ニューモニエ由来のP1タンパク質抗原に対して特異的なモノクローナル抗体を含む,
(A-3) 検体からマイコプラズマ・ニューモニエ感染検出用のイムノクロマトグラフィー試験デバイスであって,
(B) 第一のモノクローナル抗体および第一のモノクローナル抗体とは異なる第二のモノクローナル抗体,ならびに
(C) 膜担体を備え,
(D) 該第一のモノクローナル抗体が,該膜担体に固定されて検出部位を構成し,
(E) 該第二のモノクローナル抗体が,(E-1)標識物質で標識されており,かつ
(E-2) 該検出部位とは離れた位置に,該膜担体中を移動可能に配置され,
(F) (F-1) 該検体であって,濃縮処理物を除く該検体中に(F-2)マイコプラズマ・ニューモニエ抗原が存在する場合に,該マイコプラズマ・ニューモニエ抗原と該標識物質で標識された該第二のモノクローナル抗体とを標識担持部材において結合させて,複合体を形成させる手段と,
(G) 該複合体を,該膜担体を介して展開させ,該検出部位において固定された該第一のモノクローナル抗体と結合させ,集積させることで発色させる手段
と,を有する,
(H) マイコプラズマ・ニューモニエ感染検出用のイムノクロマトグラフィー試験デバイス。
4.本件取消決定が引用例1から認定した引用発明1と本件特許発明1との相違点
 (F-1′)の検体及び(H’)の「イムノクロマトグラフィー試験デバイス」が,引用発明1では患者サンプルに「濃縮処理物」を含むか不明であり,引用例1に実施例がなく,ラテラルフローデバイスが,濃縮処理をしない患者サンプルについても「マイコプラズマ・ニューモニエ感染検出用」として使用できるか不明であるのに対して,本件特許発明1は,「濃縮処理物を除く」検体であっても,イムノクロマトグラフィー試験デバイスが「マイコプラズマ・ニューモニエ感染検出用」である点。
5.争点
(1) 引用発明の認定及び一致点と相違点の認定の誤り(取消事由1)
((2) 相違点についての判断の誤り(取消事由2))
((3) 顕著な作用効果に関する認定の誤り(取消事由3))
6.知財高裁の判断
3 取消事由1(引用発明の認定及び一致点と相違点の認定の誤り)について
(2)・・・特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」は,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明(本件特許発明)を容易に発明することができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。また,本件特許発明は物の発明であるから,進歩性を検討するに当たって,刊行物に記載された物の発明との対比を行うことになるが,ここで,刊行物に物の発明が記載されているといえるためには,刊行物の記載及び本件特許の出願時(以下「本件出願時」という。)の技術常識に基づいて,当業者がその物を作れることが必要である。
 かかる観点から本件について検討すると,引用例1の記載及び本件出願時の技術常識を考慮しても,引用発明1のデバイスを当業者が作れるように記載されているとはいえない。理由は以下のとおりである。
ア 本件取消決定は,引用発明1をP1タンパク質に対するモノクローナル抗体を用いて,患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエの検出を行うラテラルフローデバイスに関する発明として認定しているところ,ラテラルフローデバイスは,イムノクロマトグラフィー法に基づく検出デバイスであり,イムノクロマトグラフィー法による抗原検出においては,抗体と抗原がサンドイッチ複合体を形成する必要があると認められ(甲8~10,弁論の全趣旨),また,モノクローナル抗体の場合には,抗原を挟み込む二つの抗体が同じものでは不都合であり,少なくとも,二つの異なる抗体を用いることが必要であると認められる(この点は特に当事者に争いがない。)。
 その一方で,異なる二つのモノクローナル抗体でありさえすれば,抗体と抗原がサンドイッチ複合体を形成するとの本件出願時の技術常識も見当たらず,また,サンドイッチ複合体を形成しさえすれば,必ず患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエを検出できると直ちにいうこともできない。
 ・・・モノクローナル抗体を用いてサンドイッチ複合体の形成に基づく検出を行う場合には,適切な抗体を組み合わせて用いる必要があると認められる。
そこで,第1のモノクローナル抗体と第2のモノクローナル抗体の組合せに関して引用例1の記載を検討するに,引用例1には,ラテラルフローデバイスに用いる二つの抗体について,具体的なモノクローナル抗体の組合せを示す記載は見当たらない。また,本件出願時において,ラテラルフローデバイス等のサンドイッチ複合体を形成できる具体的なモノクローナル抗体の組合せが周知であったことを示す証拠もない。・・・
 次に,引用例1に記載された具体的なイムノクロマトグラフィー(ICT)デバイスについての唯一の実施例である実施例4は,抗rCARDS抗体を用いたもので,P1タンパク質に対する抗体を用いたものではない。また,引用例1におけるP1タンパク質に対する抗体に関する具体的な記載は,実施例3のみであるが,実施例3における抗原の検出は,サンドイッチ複合体の形成とは異なる,市販の二次抗体である抗ウサギ又は抗マウス抗体を用いた方法によるものである。したがって,これらの実施例の記載から,サンドイッチ複合体を形成可能なモノクローナル抗体を知ることはできない。
 さらに,引用例1には,P1タンパク質に対するモノクローナル抗体として,マウスのモノクローナル抗真正P1タンパク質抗体H136E7(【0012】)とrP1に対するモノクローナル抗体(【0096】)に関する記載があるが,P1タンパク質に対する具体的なモノクローナルは,H136E7が記載されているにとどまり,rP1に対するモノクローナル抗体については,その当該モノクローナル抗体を生産する細胞株も,モノクローナル抗体のアミノ酸配列等の情報も,H136E7とのサンドイッチ複合体の形成の有無に関する手掛かりとなる情報も記載されていない。このような引用例1の記載に基づいて,ラテラルフローデバイスを作るためには,モノクローナル抗体として一つはH136E7を用いるとしても,もう一つ,H136E7とサンドイッチ複合体を形成可能な別のモノクローナル抗体を用いる必要があるが,引用例1には,そのようなモノクローナル抗体の構造について手掛かりとなる記載がなく,何らかの方法でモノクローナル抗体を入手し,それらのモノクローナル抗体が,H136E7とサンドイッチ複合体を形成可能であるかを調べ,試行錯誤によって,H136E7と組み合わせて患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエを検出するラテラルフローデバイスを構成できるモノクローナル抗体を見つけ出す必要がある。
 以上を踏まえれば,たとえ様々なモノクローナル抗体を得る技術自体は周知技術であるとしても,本件取消決定が認定した引用発明1のラテラルフローデバイスは,引用例1の記載及び本件出願時の技術常識から,直ちに作ることができるものとはいえない。
 したがって,引用例1に引用発明が記載されている(あるいは,記載されているに等しい)ということはできない。
以上