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判例紹介:「海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤」審決取消請求事件

20.05.28 判例

平成30年(行ケ)第10145号 審決取消請求事件 令和元年7月18日判決言渡
【判例要旨】
1.結論
 特許庁が無効2017-800145号事件について平成30年9月11日にした審決を取り消す。
2.事案の概要
(1) 被告らは,平成27年8月4日,発明の名称を「海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤」とする発明について,特許出願(特願2015-154203号)をし,平成28年2月12日,特許権の設定登録(特許第5879596号。請求項の数4)を受けた。
(2) 原告は,平成29年12月4日,本件特許について特許無効審判を請求した。
特許庁は,上記請求を無効2017-800145号事件として審理を行い,平成30年9月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月21日,原告に送達された。
(3) 原告は,平成30年10月17日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
(3) 特許請求の範囲の記載
【請求項1】
 海水冷却水系の海水中に,二酸化塩素と過酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させることにより海水冷却水系への海生生物の付着を防止することを特徴とする海生生物の付着防止方法。
【請求項2】
 前記二酸化塩素および過酸化水素が,前記海水に対してそれぞれ0.01~0.5mg/Lおよび0.1~2.0mg/Lの濃度で海水中に共存する請求項1に記載の海生生物の付着防止方法。
【請求項3】
 前記二酸化塩素と過酸化水素とが1日14~24時間添加される請求項1または2に記載の海生生物の付着防止方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1つに記載の方法に使用される海生生物の付着防止剤であって,
 前記付着防止剤が,
 過酸化水素発生源としての
 (a)過酸化水素水溶液,または
 (b)過酸化水素供給化合物の水溶液と,
 二酸化塩素発生源としての
 (1)次亜塩素酸ナトリウムと塩酸と亜塩素酸ナトリウムとの組み合わせ
 (2)亜塩素酸ナトリウムと塩酸との組み合わせ,または
 (3)塩素酸ナトリウム,過酸化水素および硫酸との組み合わせ
 とを含むことを特徴とする海生生物の付着防止剤。
3 審決の理由の要点
 本件審決の理由は,
①本件発明1~4は,本件優先日前に頒布された刊行物である甲1発明及び甲2発明ないし7,9ないし18に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,甲1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由1は理由がない,
②本件発明1~4は,甲5発明及び甲1ないし4,6,7,9ないし18発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,甲5を主引用例とする進歩性欠如の無効理由2は理由がないというものである。
・甲1発明と本件発明1との一致点及び相違点
(一致点)
「海水冷却系の海水中に,過酸化水素を添加して,海水冷却水系への海生生物の付着を防止する海生生物の付着防止方法」である点。
(相違点1)
本件発明1は,海水中にさらに「二酸化塩素」を「この順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させ」ているのに対して,甲1発明は,海水中にさらに「有効塩素発生剤」を「同時または交互に注入する」点。
・甲5発明と本件発明1との一致点及び相違点
(一致点)
「海水冷却系の海水中に,過酸化水素を添加して,海水冷却水系への海生生物の付着を防止する海生生物の付着防止方法」である点。
(相違点2)
本件発明1は,海水中にさらに「二酸化塩素」を「この順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させ」ているのに対して,甲5発明は,過酸化水素を添加して分散させた後に「有効塩素発生剤を添加する」点。
4.裁判所の判断の要旨
(1)本件優先日当時の二酸化塩素に関する知見
前記(3)の記載事項及び前記アの記載事項を総合すると,本件優先日(平成27年4月15日)当時,二酸化塩素は,有効塩素で示される化合物(これらは加水分解して次亜塩素酸を生成する)には属さないが,塩素含有の化合物であり,水への溶解度は塩素よりも高く,酸化力が塩素よりも強い上,塩素,次亜塩素酸ソーダ等の塩素剤の添加により生成する有害なトリハロメタンが発生しない,海生生物の付着防止剤として知られていたことが認められる。
(2) 相違点1の容易想到性の有無について
 甲1には,二酸化塩素に関する記載はなく,過酸化水素と二酸化塩素を組み合わせて使用することについての記載及び示唆はない。しかるところ,本件優先日当時,二酸化塩素は,塩素含有の化合物であるが,水への溶解度は塩素よりも高く,酸化力が塩素よりも強い上,塩素剤の添加により生成する有害なトリハロメタンが発生しない,海生生物の付着防止剤として知られていたことは,前記認定のとおりである。
 そして,甲2には,①塩素の代わりに,塩素の2.6倍の有効塩素量を有し,水溶性の高い二酸化塩素又は二酸化塩素発生剤を用いることにより,薬品使用量の減少を図り,ひいては,毒性のあるTHM(トリハロメタン)の生成を防止しつつ,海洋中などの水中における生物付着を防止すること,②二酸化塩素は,有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウムと比較し少量で効果があり,更にトリハロメタンの発生がなく,環境汚染がない,反応生成物は海水中に存在するイオンのみで構成され,残留毒性,蓄積毒性がないという効果を奏することの開示があることが認められる。
 加えて,甲3には,低濃度の二酸化塩素水溶液を連続的に水路に注入することによって,冷却系水路の内壁に付着するムサキイガイ等の生物を効果的に付着防止し,又は除去することが可能であり,また,二酸化塩素は有害な有機塩素化合物を形成しないことから,海や河川を汚染することもないという効果を奏することの開示があることが認められる。
 甲1ないし3,5に接した当業者は,過酸化水素と有効塩素剤とを組み合わせて使用する甲1発明には,有効塩素剤の添加により有害なトリハロメタンが生成するという課題があることを認識し,この課題を解決するとともに,使用する薬剤の濃度を実質的に低下せしめることを目的として,甲1発明における有効塩素剤を,トリハロメタンを生成せず,有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウムよりも少量で付着抑制効果を備える海生生物の付着防止剤である甲2記載の二酸化塩素に置換することを試みる動機付けがあるものと認められるから,甲1及び甲2,3,5に基づいて,冷却用海水路の海水中に「二酸化塩素と過酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させる」構成(相違点1に係る本件発明1の構成)を容易に想到することができたものと認められる。
 これに対し被告らは,①甲1記載の有効塩素発生剤は,過酸化水素との酸化還元反応によって一重項酸素を発生させる化合物であるから,甲1発明における有効塩素発生剤を,過酸化水素と反応しても一重項酸素を発生しない二酸化塩素に置換する動機付けはない,②二酸化塩素は,不安定かつ酸化力の強い化合物であるため,本件優先日当時,過酸化水素と組み合わせた場合,両者が反応して消費され,共存できないと考えられており,また,両者の反応により二酸化塩素は,海生生物の付着防止効果が劣る亜塩素酸イオンとなるので,二酸化塩素を単独で使用した方が,二酸化塩素と過酸化水素を併用するよりも海生生物の付着防止効果は高いことからすると,当業者においては,過酸化水素に二酸化塩素を組み合わせることについての動機付けがなく,むしろ阻害要因がある旨主張する。
 しかしながら,上記①の点については,甲1には,一重項酸素の発生により「相乗的に抑制効果が高まるものと考えられる。」と推論しているに過ぎず,一重項酸素による付着抑制効果の有無及びその程度を実証的なデータ等により確認したものではない。また,甲1には,一重項酸素が発生することは想定できない過酸化水素とヒドラジンとを併用した結果,過酸化水素と有効塩素発生剤との併用の結果と同様の抑制効果が得られたことの記載があり,二酸化塩素が過酸化水素との併用により一重項酸素を発生しないとしても,そのことから直ちに甲1発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換する動機付けを否定することはできない。
 次に,上記②の点については,二酸化塩素は,不安定かつ酸化力の強い化合物であるため,本件優先日当時,過酸化水素と組み合わせた場合において,両者が反応して消費され,およそ共存できないと考えられていたことを具体的に裏付ける証拠はない。もっとも,甲3には,「二酸化塩素は,極めて不安定な化学物質であるため,その貯蔵,輸送は非常に困難である」との記載があるが,この記載から,海水中で,二酸化塩素と過酸化水素を併用した場合,両者が反応して消費され,およそ共存できないと読み取ることはできない。
 また,本件明細書には,「二酸化塩素と過酸化水素との併用は,塩素剤と過酸化水素との併用と同様に酸化還元反応により両薬剤が消費され,水系において安定に共存できないという技術常識が存在していたためと考えられる。」との記載があるが,酸化還元電位から反応速度まで予測できるものとはいえないから,本件明細書の上記記載をもって,海水中で,二酸化塩素と過酸化水素を併用した場合,両者が反応して消費され,およそ共存できないということはできない。
したがって,被告らの上記主張は理由がない。
 以上によれば,本件審決における相違点1の容易想到性の判断には誤りがある。
(3)本件発明1の予期し得ない顕著な効果の有無について
 原告提出の各甲号証には,二酸化塩素と過酸化水素の海水中での共存が,次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素の共存より長時間持続することも,海生生物やスライムの付着を効率よく防止できることも具体的に記載していないから,二酸化塩素と過酸化水素の海水中での共存が,次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素の共存より長時間持続することができ,海生生物やスライムの付着を効率よく防止できるとの本件発明1の奏する効果は,当業者が予期し得ない格別な効果であると判断したのは誤りである旨主張するのでこれを検討する。
 本件明細書の表1から,濾過海水に二酸化塩素と過酸化水素を添加した場合の二酸化塩素の残留率は,過酸化水素及び二酸化塩素の濃度条件及び添加の順序に応じて広範囲に変化することを理解できるところ,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,過酸化水素及び二酸化塩素の特定の濃度条件及び添加の順序を発明特定事項とするものではないから,上記の実施例1及び比較例1,実施例2及び比較例2の対比の結果は,本件発明1の特許請求の範囲全体の効果を示したものと認めることはできない。
 そうすると,試験例1の上記対比の結果から,本件発明1が顕著な効果を奏するものと認めることはできない。
 海水に二酸化塩素と過酸化水素を添加した場合の二酸化塩素の残留率は,過酸化水素及び二酸化塩素の濃度条件及び添加の順序に応じて広範囲に変化し,この変化に伴って,スライムを主体とする汚れの付着防止効果も変化し得るものと理解できることからすると,表4の実施例1及び比較例4の対比の結果は,本件発明1の特許請求の範囲全体の効果を示したものと認めることはできない。
 表2から,3ppmの次亜塩素酸ナトリウムを使用した場合のスライムの減少量(付着防止量)と,0.1ppm以下の二酸化塩素を使用した場合のスライムの減少量(付着防止量)は,おおむね同程度であることを理解できるから,二酸化塩素は,次亜塩素酸ナトリウムよりもかなりの低濃度で同程度のスライム付着防止効果を上げることを理解できる。また,甲2にも,「以上の結果より海水生物付着防止効果について…亜塩素酸ナトリウムを活性化し二酸化塩素にすることで著しい効果をあげることができる。」(3頁左欄)との記載がある。
 以上によれば,甲1及び甲2に接した当業者は,甲1発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換し,二酸化塩素と過酸化水素を併用した場合,次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素を併用した場合よりも優れたスライム付着防止効果を奏することを予期することができるものといえるから,本件明細書の試験例4の実施例1及び比較例4の対比の結果は予期し得ない効果を奏するものと認めることはできない。
 本件明細書の「試験例5」の結果を記載した表5には,海水を流量1m3/hで69日間通水した水路試験装置の水路に二酸化塩素と過酸化水素を同時に連続添加した実施例1では,ムラサキイガイなどの海生生物の付着物量が7.68gであったのに対し,次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素を同時に連続添加した比較例1では,海生生物の付着物量が26.74gであったことが記載されている。表5の実施例1及び比較例1の対比の結果は,実施例1の効果は,同じ濃度の比較例1の効果と比較して,3倍以上優れていることを示すものといえる。しかるところ,表5の実施例1及び比較例1の対比の結果は,本件発明1の特許請求の範囲全体の効果を示したものと認めることはできない。このことは,表5には,二酸化塩素と過酸化水素を同時に連続添加した実施例3では,海生生物の付着物量が8.07gであったのに対し,二酸化塩素と同じ濃度の次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素を同時に連続添加した比較例2では,海生生物の付着物量が10.92gであったことが記載されており,海生生物の付着防止効果は,二酸化塩素の濃度条件によって大きく変化していることとも合致する。
 次に,甲2の表2(別紙3)では,3ppmの次亜塩素酸ナトリウムを使用した場合と0.1ppmの亜塩素酸ナトリウムから生成した二酸化塩素を使用した場合のフジツボの減少量(付着防止量)は同数であること(3300個/㎡-250個/㎡)を理解できる。そして,甲2の記載から,二酸化塩素は,次亜塩素酸ナトリウムよりもかなりの低濃度で海生生物の付着防止効果を上げることを理解できることからすると,甲1及び甲2に接した当業者は,甲1発明における有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換し,二酸化塩素と過酸化水素を併用した場合,次亜塩素酸ナトリウムと過酸化水素を併用した場合よりも優れた海生生物の付着防止効果を奏することを予期することができるものといえる。
したがって,本件明細書の試験例5の表5の実施例1及び比較例1の対比の結果から,本件発明1が,当業者が予期し得ない顕著な効果を奏するものと認めることはできない。
(4)被告らの主張について
 被告らは,①二酸化塩素は,不安定かつ酸化力の強い化合物であるため,二酸化塩素と過酸化水素の共存は,本件優先日当時,通常は考えられておらず,両者の海中での共存が「長時間持続」することは考えられていなかったことに照らせば,試験例1記載の効果は当業者が予期し得ない格別な効果である,②二酸化塩素は,次亜塩素酸ナトリウムと異なり,過酸化水素との組み合わせで一重項酸素を発生させるものではないにもかかわらず,過酸化水素と二酸化塩素の組み合わせの方がスライム汚れの付着防止効果が高まるという結果を予測することは困難であり,また,本件明細書の表4から,二酸化塩素又は次亜塩素酸ナトリウムのそれぞれ単独の結果から,それぞれの過酸化水素との併用効果を予測できないことが分かるから,試験例4記載の効果は当業者が予期し得ない格別な効果である,③甲1には,過酸化水素と次亜塩素酸ナトリウムとの組み合わせで一重項酸素が発生するという相乗効果が開示されているが,過酸化水素と二酸化塩素との組み合わせについては何ら開示されておらず,海生生物付着量の抑制効果を単独成分の結果から予測することは困難であるから,試験例4記載の効果は当業者が予期し得ない格別な効果である旨主張する。
 しかしながら,上記①の点については,二酸化塩素は,不安定かつ酸化力の強い化合物であるため,本件優先日当時,過酸化水素と組み合わせた場合,両者が反応して消費され,およそ共存できないと考えられていたことを具体的に裏付ける証拠はない。次に,上記②及び③の点については,甲1には,一重項酸素が発生することは想定できない過酸化水素とヒドラジンとを併用した実施例3が過酸化水素と有効塩素発生剤との併用の結果と同様の相乗的な抑制効果が得られたことの記載があり,一重項酸素を発生しないとしても,そのことから直ちに,過酸化水素と二酸化塩素を組み合わせた場合に,過酸化水素と次亜塩素酸ナトリウムを組み合わせた場合と比べて,スライム汚れの付着防止効果や海生生物付着量の抑制効果が高まることが予測できないということはできない。
したがって,被告らの上記主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
(5)小括
 本件発明1は当業者が予想し得ない格別な効果を奏するとした本件審決の判断は,誤りである。以上によれば,本件発明1は,甲1発明及び甲2ないし7,9ないし18に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,これを否定した本件審決の判断は誤りである。
したがって,原告主張の取消事由1-1は理由がある。
(6)取消事由1-2(甲1を主引用例とする本件発明2ないし4の進歩性の判断の誤り)について
 本件審決は,本件発明2ないし4は,本件発明1を減縮したものであるから,本件発明1と同様に,当業者が甲1発明及び甲2ないし7,9ないし18に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない旨判断した。
 しかしながら,本件審決の本件発明1の容易想到性の判断に誤りがある以上,本件発明2ないし4の容易想到性を否定した本件審決の判断は,その前提を欠くものであって,誤りである。
したがって,原告主張の取消事由1-2は理由がある。
5.結論
 以上によれば,原告主張の取消事由1-1及び1-2は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきである。
以上