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判例紹介:「ラインパイプ用溶接鋼管」審決取消請求事件

20.05.28 判例

【判決日】令和2年1月28日判決言渡
【事件番号】平成31年(行ケ)第10031号 審決取消請求事件件
【口頭弁論終結日】令和元年12月18日
【キーワード】進歩性、相違点の判断
【判例要旨】
1.主文
 特許庁が不服2017-4028号事件について平成31年2月4日にした審決を取り消す。
2.事案の概要
(1)特許庁における手続の経緯等 
 平成25年2月15日:特許出願(特願2013-28145)→ 平成28年12月9日:拒絶査定→ 平成29年3月21日:審判請求→ 平成30年10月19日:手続補正書→ 平成31年2月4日:審決→ 平成31年3月20日:本件訴訟提起
(2)特許請求の範囲の記載
【請求項1】管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって,
 管状に成形された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接され,
 溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式を満足し,
  前記鋼管の周方向を引張方向とした際,前記鋼板の引張強度が570~825MPaであることを特徴とする低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。
0.1≦L2/L1≦0.86 ・・・ (1)
(3)本件審決の理由の要旨
 本願発明は,引用例1(特開2007-44710号公報)に記載された発明及び引用例2(特開2008-163456号公報)に記載された従来周知の事項に基づいて容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(ア)引用発明
 円筒状に成形した鋼板をシーム溶接したUO鋼管であって,
 鋼板を円筒状に成形した後に,その鋼板の突き合わせ部を,内面からサブマージアーク溶接により先行するシーム溶接を行い,その後,外面からサブマージアーク溶接により後続するシーム溶接を行うことで,内外面両側から各々1層づつ順番にシーム溶接をし,
 溶接部において,先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1,後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に,0.6≦W2/W1≦0.8,あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し,
 鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下である耐低温割れ性に優れた天然ガス・原油輸送用ラインパイプ用UO鋼管。
(イ)一致点及び相違点
 (一致点)
「管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって,/管状に成形された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接され,/低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。」である点。
 (相違点1)
 本願発明が,「溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式 0.1≦L2/L1≦0.86 を満足し」ているのに対し,引用発明は,「溶接部において,先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1,後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に,0.6≦W2/W1≦0.8,あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し」ている点。
 (相違点2)
 本願発明が,「前記鋼管の周方向を引張方向とした際」,「前記鋼板の引張強度が570~825MPaである」のに対し,引用発明は,「鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下である」点。
3.当事者の主張
〔原告の主張〕
(1)相違点1の判断の誤り
 ア L2/L1とW2/W1が異なること
 W2は,外面側の溶接金属の余盛を含む板厚方向の厚さであるのに対し,L2は,外面側の鋼板表層から内外面溶融線会合部までの板厚方向距離である。また,W1は,全溶接金属の余盛を含む板厚方向の厚さから前記W2を差し引いた厚さであるのに対し,L1は,内面側の鋼板表層から内外面溶融線会合部までの板厚方向距離である。溶接ビード幅中央の位置における溶接金属の厚さであるW2/W1と,母材表面から内外面溶融線会合部までの距離の比であるL2/L1とは,余盛部分の厚さや,内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を考慮するか否かにおいて,技術的意義が異なる。
 W2/W1を一定とした場合であってもL2/L1は変動し得るものであり,実際の値として,W2/W1の値とL2/L1の値は大きく異なり得る。よって,W2/W1とL2/L1は異なる物理量であり,W2/W1とL2/L1が相関関係のある値とした審決は誤っている。
 イ 容易想到性判断の誤り
 (ア)引用発明においては,溶接ビード幅中央の位置における溶接線方向に発生する残留応力の制御が重要であるから,余盛部分の厚さや内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を含む溶接金属の厚さが重要であり,それゆえ,W2/W1を採用したのであるから,W2/W1に代えてL2/L1を用いると,引用発明の課題を解決できなくなる。
 (イ) W2/W1とL2/L1に相関関係がない以上,W2/W1を,L2/L1に置き替えたとしても,同じような傾向にあるとはいえず,当業者は,W2/W1を,L2/L1に置き替えたとしても,同じような傾向にあるとは認識しないから,L2/L1の値を0.1以上0.86以下とすることは当業者によって容易に想到できることではない。また,W2/W1とL2/L1は値として異なる以上,W2/W1が0.7となるような鋼管を作成した場合に,L2/L1を測定すれば0.1~0.86の範囲となる蓋然性が高いとはいえない。
(2)相違点2の判断の誤り
 ア 本件審決は,… 周知技術の根拠として1つの文献しか挙げていないから,周知技術の認定は誤りである上,この技術を引用発明に適用できる根拠も示されていない。
 イ 容易想到性判断の誤り
 (ア) 引用発明は溶接金属の引張強度が850MPa以上1200MPa未満であることを必須とした発明であり,引用例1には,この前提を欠いた発明については,何ら記載がないから,引用発明から鋼板の引張強度が570~825MPaのものを想到することが容易であるとはいえない。低温割れという課題が生じない引張強度が850MPa未満の場合において,W2/W1が0.9をある程度下回った値に設定する動機付けは生じないし,引用例1の図5,図6と同様の傾向がみられるという根拠もない。
 (イ) 当業者は, … 溶接金属の引張強度が上記範囲外であれば,W2/W1の値につき,上記のような関係を充たす必要がなく,W2/W1の値は自由に設定できると認識するから,引用発明をもとに「鋼板の引張強度が850MPa未満のもの」を採用した場合,W2/W1の値は引用発明と同じにはならない。
〔被告の主張〕
(1)相違点1の判断の誤りに対し
 W2/W1とL2/L1とが同様の技術的意義を有するか否かにかかわらず,同じラインパイプ用鋼管について,同じ箇所の溶接金属に対してW2/W1の値を求めると同時にL2/L1の値を求めることは当然行える事項である。その際,実際のW1,W2及びW2/W1の値を用いて,L1,L2及びL2/L1の値を数学的,設計的に計算することを妨げる事情はない。
 先行する溶接金属の余盛をα1,後続する溶接金属の余盛をα2とし,L1及びL2の境界とW1及びW2の境界との差をβとして,引用発明の溶接部におけるL2/L1を計算すると,W2/W1が1より小さい(W1>W2)場合,
 W2/W1>(W2-α2-β)/(W1-α1+β)=L2/L1
との数式が成り立ち,0.6≦W2/W1≦0.8を満たす引用発明の鋼管の溶接金属は,本願発明で定義されたL1及びL2で測定した場合のL2/L1値が0.1≦L2/L1≦0.86を満たすから,相違点1の数値範囲の条件を満たすことに関しては,引用発明は本願発明と差異はない。本願発明は物の発明であるから,異なる物理量であるW2/W1とL2/L1で特定したところで,引用発明と「物」として相違する点が認められなければ,実質的に相違するとはいえない。
(2)相違点2の判断の誤りに対し
 鋼板の突合せ部を内外面から1パスずつサブマージアーク溶接して低温靱性に優れたラインパイプ用溶接鋼管を製造する技術において,鋼管の周方向に対応する方向の引張強度が600~800MPa(API規格でX70~X80級)程度の鋼板を用いることは,本願出願時には当然周知であった(乙3~8)。そして,低温靱性に優れたラインパイプ用溶接鋼管の製造技術の開発に際し,鋼板の引張強度は低いものからより高いものが要求されるようになり,その中で必要な範囲が適宜連続的に選択されているところ,本願発明では,鋼板の引張強度は,単に本願出願時に実用化されていたAPI規格X70級(引張強度570MPa)やX80級(引張強度625MPa)等を対象とするよう特定したにすぎず,引張強度の上限値「825MPa」には,特定の根拠はない。
 一方,引用例1には,引張強度が850MPa未満の低いグレードのものにおいて,溶接金属での低温割れは起こらないとの記載はあるものの,1200MPa以上の高強度になると必要な低温靭性が得られにくいと記載されていることから,溶接金属の引張強度が1200MPa以下である850MPa未満のものにおいて,低温靱性が得られることは否定されていない(【0021】)。また,【0041】,図5,図6の記載によれば,引張強度が850MPa未満の低いグレードのものであっても低温靭性は得られること,また,高グレード(X100~X120級)から低グレードになっても最大残留応力に変化がない傾向となることを理解することができる。そうすると,引用発明において,ラインパイプ用UO鋼管に,鋼板の引張強度が570~825MPaのものを採用することは,当業者であれば容易に想到し得たものである。
4.当裁判所の判断
(1) 相違点1及び相違点2の容易想到性について
 本願発明は,外面入熱を大幅に低減して外面溶接熱影響部の低温靭性を向上させ,内面溶接熱影響部の低温靭性を劣化させない範囲に内面入熱を制御することで,十分な溶け込みを得ながら内外面両方の溶接熱影響部で優れた低温靭性を得ることを目的として(【0015】),内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2の比を検討し,内外面両方の溶接熱影響部の低温靭性を向上させることができるよう,L2/L1の上限及び下限を設定したものである。
 これに対し,引用発明は,シーム溶接部に発生する低温割れを防止するため,先行するシーム溶接の溶接金属内に発生する溶接線方向の残留応力の変化に着目して,先行するシーム溶接の溶接金属の厚さW1と後続するシーム溶接の溶接金属の厚さW2の比を検討し(引用例1【0041】),残留応力が大きくならない範囲であり,かつ,低温における吸収エネルギーの低値の発生頻度が大きくない範囲において,W2/W1の上限及び下限を設定したものである(引用例1【0042】)。
 そうすると,本願発明と引用発明とは,本願発明が,外面溶接熱影響部における低温靭性の向上を課題として,L2/L1の上限及び下限を規定しているのに対し,引用発明は,内面溶接金属内におけるシーム溶接部に発生する低温割れの防止を課題として,W2/W1の上限及び下限を規定しているのであるから,両者はその解決しようとする課題が異なる。また,その課題を解決するための手段も,本願発明は,外面熱影響部において,外面入熱を低減して粒径の粗大化を抑制するものであるのに対し,引用発明は,先行するシーム溶接(内面)の溶接金属に発生する溶接線方向の引張応力を低減するものである。したがって,引用例1には,外面溶接熱影響部における低温靭性の向上のため,W2/W1をL2/L1に置き換えることの記載も示唆もない。
 そして,溶接ビード幅中央の位置における溶接金属の厚さであるW2/W1と,母材表面から内外面溶融線会合部までの距離の比であるL2/L1とは,余盛部分の厚さや,内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を考慮するか否かにおいて,技術的意義が異なるところ,引用発明においてW2/W1に替えてL2/L1を採用するなら,余盛部分の厚さや内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を含む溶接金属の厚さが考慮されないことになる。また,W2/W1が一定であっても,内面側溶接金属の溶け込み量が変化すると,L2/L1は変動するから,W2/W1とL2/L1とは相関がなく,W2/W1に対してL2/L1は一義的に定まるものではない。以上によれば,引用発明のW2/W1をL2/L1に置き換える動機付けがあるとはいえないというべきである。
 引用発明のW2/W1は,鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件下での溶接金属内での残留応力を根拠として最適化されたものであり,引用例1には,これを850MPa未満のものに変更することの記載も示唆もない。そうすると,本願出願時において,鋼管の周方向に対応する引張強度が600~800MPaの鋼板について,その突合せ部を内外面から1パスずつサブマージドアーク溶接することで,低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管を製造することが知られていたこと(引用例2【0002】,【0009】,【0059】,【0071】)を考慮しても,鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件下でW2/W1を最適化した引用発明において,鋼板の引張強度が570~825MPaのものに変更することについて,動機付けがあるとはいえない。
 〔被告の主張について〕
 ア 相違点1について
 被告は,余盛部分の厚さや,内外面溶接線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を踏まえて,引用発明の溶接部におけるL2/L1を計算すると,W2/W1>L2/L1(ただし,W1>W2)の関係が成立し,引用発明の0.6≦W2/W1≦0.8を充たす鋼管は,0.1≦L2/L1≦0.86をも充たすから,引用発明と本願発明は物として区別できるものではなく,相違点1は実質的な相違点ではない旨主張する。
 しかし,仮に,同じ溶接鋼管の溶接部についてW2/W1とL2/L1とを測定した場合に,両者の数値範囲には必ず重なる部分が存在するとしても,本願発明の溶接鋼管は,鋼板の引張強度が570~825MPaであるのに対して,引用発明の溶接鋼管は,鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下であって,用いる鋼板の引張強度の範囲が異なる以上(相違点2),引用発明と本願発明は物として異なることは明らかであるから,被告の主張は採用できない。
 イ 相違点2について
 被告は,引用発明について,鋼板の引張強度が850MPa未満の場合でも,溶接金属での低温割れが全く生じなくなるわけではないと考えるのが妥当であるから,引用発明において,引張強度が850MPa未満の鋼管を適用する動機付けは存在する旨主張する。 引用例1には,「低温割れは,従来から言われているように,溶接金属の硬さ,溶接金属中の拡散性水素量及び溶接金属に加わる引張応力の3種類の要因が重なり発生する。このため,3種類の要因でいずれか1種類以上の要因を緩和することにより低温割れの発生を防止することができる。」(【0032】),「この3種類の要因のうち,溶接金属の硬さは溶接金属の機械的特性を左右する重要な因子であり,安易に規制することは好ましくはない。そのため,拡散性水素と引張残留応力の両者を低減する方法を検討した。」(【0033】)との記載があり,これらの記載によれば,引用発明のUO鋼管の溶接部における低温割れに対する対策が,引張強度が850MPa以上の溶接部を用いた場合に限定されていたとまではいえない。
 もっとも,「溶接金属の引張強度が850MPa未満の場合は強度が低く溶接金属で低温割れは起こらず,母材の溶接熱影響部に発生し易くなる」(【0021】)との記載によれば,引用発明において引張強度が850MPa未満の鋼板を用いる場合には,母材の溶接熱影響部での低温割れの抑制をも考慮することになると解される。
 そして,前記のとおり,引用発明の0.6≦W2/W1≦0.8という数値範囲は,溶接金属における低温割れを防止するために,溶接金属内の残留応力に着目して最適化したものであるから,引張強度850MPa未満の鋼板を用いた場合に,母材の溶接熱影響部での低温割れの抑制を考慮した溶接条件を採用しても,溶接金属でのW2/W1の値が,引張強度850MPa以上1200MPa以下の鋼板について最適化した上記の範囲と全く同じになるとはいえないというべきである。
 したがって,引用発明において,溶接金属でのW2/W1の範囲はそのままにして,鋼板の引張強度だけを850MPa未満とすることはできないから,被告の主張は採用できない。
以上